150周年記念企画
「未来を拓く青学マインド」
好きなことに夢中になる経験は宝物
|教員・学生|
総合文化政策学部 総合文化政策学科 教授
福岡 伸一
×
青山学院初等部
石田 晴基
今年創立150周年を迎える青山学院。その歴史の中で受け継がれる、キリスト教教育に基づく自由な校風のもと、児童・生徒・学生はのびのびと興味や関心を探求し、個性や創造力を伸ばしています。青山学院初等部3年生の石田晴基さんは今、虫に夢中です。同じく虫に心を奪われた少年時代の経験が、生物学者としての原点だという青山学院大学総合文化政策学部の福岡伸一先生に、虫から学んだことや好きなことを追究する意義についてお聞きします。
Profile
総合文化政策学部 総合文化政策学科 教授
福岡 伸一
生物学者・作家。
ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て、現在、ロックフェラー大学客員教授も務める。サントリー学芸賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書を数多く発表。フェルメール愛好家でもあり、『フェルメール 光の王国』など美術に関する著作物や活動でも知られている。
青山学院初等部3年
石田 晴基
幼少の頃にダンゴムシが丸くなることに興味を持ったのがきっかけで、虫が大好きになる。休み時間や放課後など、学校でも虫探しや虫の観察を日々楽しみ、自宅ではいろいろな虫の飼育にもチャレンジ。ミカンやエノキ、クロマツなど虫のエサになる植物も育てている。将来の夢は昆虫博士。
Before Interview
石田さんにとって、青山学院初等部の校庭をはじめ青山キャンパスは日々虫探しをするフィールドでもあります。インタビュー当日は福岡先生もご自身の虫取り網を持参し、一緒に虫探しを楽しみました。
校庭でさっそくチョウを発見。
「学校ではシジミチョウとかモンキチョウ、モンシロチョウ、アゲハチョウをよく見ます」(石田さん)
園庭に隣接する日本庭園にも福岡先生をご案内。
「ここでもよく虫探しをしています。」(石田さん)
「たくさん虫がいそうだね。いい場所があるんだな」(福岡先生)
石田さんが最近気になっていたという小さな白い虫の採集に成功。
「おお、何という名前の虫かな。調べて教えてね。新種かもしれないぞ!」(福岡先生)
TALK THEME
1st TALK
「私たちが虫から
学ぶべきことは︖」
「他の生命のことを考えながら
利他的に生きている虫。
私たち人間の欲深さを反省させられる」
僕の夢は昆虫博士になることです。青山キャンパスは都心にあるけれど緑が豊かで、いろいろな虫がいるので楽しいです。カブトムシとかオオミドリシジミなど、森の中にいる虫もたまに出てきます。初等部では日記を書くことになっていて、毎日その日に見つけた虫のこととか、家で飼育している虫の様子とか、つい虫のことばかり書いてしまいます。
石田さん
福岡先生
読ませてもらいましたよ。石田さんにとって今何より面白くて大切なことが虫なんだよね。私も子どもの頃は虫のことで頭がいっぱいだったから気持ちがわかります。
福岡先生はどうして虫が好きになったのですか?
石田さん
福岡先生
ちょうど石田くんくらいのときに、夏休みの自由研究でアゲハチョウの飼育をしたんです。卵を採集してきて、しばらくして卵から幼虫が出てきたら、ミカンの葉っぱをあげて育てていくと、幼虫は何度か脱皮して、黒い幼虫から緑色の幼虫になり、それからサナギになりますね。そこで、サナギの中で何が起きているのか知りたくなってしまったんだ。残酷なんだけれど、サナギを開けてみました。サナギの中はどうなっているか知ってる?
ドロドロになってる。
石田さん
福岡先生
そう。幼虫は姿形がなくて、黒いドロドロの液体になっちゃったの。とてもビックリして、「どうしてこれがチョウになるのかな。黒いドロドロの中には何があるんだろう」と不思議でたまりませんでした。そして、他のサナギは開けずにそっとしておいたら、やがてそこからアゲハチョウが出てきた。最初は羽がクシャクシャなんだけれど、徐々にピンと伸びてきて、立派なアゲハチョウになって大空に飛び立って行きました。幼虫・サナギ・チョウ、この劇的な変化に、自然や命の神秘に対する驚きと好奇心、自然に触れて深く感動する力、つまり「センス・オブ・ワンダー」を感じたのです。これがきっかけで虫のことがもっと知りたいと思い、研究を始めました。
どんな風に研究していたんですか?
石田さん
福岡先生
私が子どもの頃は、今のようにパソコンで検索して調べるなんてことはできなかったから、まずは図鑑を読んで、「こんな虫がいる、あんな虫もいる」と日本の虫について勉強しました。そうして知識を身に付けたら、実際に自然の中でその虫を探したりしていましたね。また、アゲハチョウを卵から飼育し、幼虫がどれくらい葉っぱを食べるか、サナギの期間は何日くらいあるかなど、観察記録をつけることも続けていました。
チョウの幼虫は種ごとに好きな葉っぱが決まっていて、それ以外は食べないのは知っているよね。アゲハチョウはミカンやサンショウが好きなのだけれど、自宅にはこれらの木を育てられるような広い庭はなかったから、どこかで見つけて来ないといけないわけです。これが大変で。よその家のミカンの木があるのを見つけて、黙って葉っぱをとっていたら、その家の人に見つかって怒られてしまったんです。困って母に相談したところ、母は私と一緒にその家に行き、「ミカンの葉っぱをわけてください」と頼んでくれました。それで、その翌日からは堂々とミカンの葉を手に入れられるようになりました。
僕もアゲハチョウの飼育をしていて、最近、羽化について発見がありました。30匹くらい育てていた中で、1匹だけ羽化するまでに1年近くかかったサナギがいたのです。それで、どうしてこんなに時間がかかったのか、お父さんと一緒にいろいろ調べて、この1匹はみんなと違うタイミングでチョウになることで、アゲハチョウが全滅しないようにしているのではないかと考えました。
石田さん
福岡先生
すごくいい気づきですね。天変地異があっても一斉に滅びないように、ちょっとずつ成長サイクルが異なる個体が混ざっているというのは一理あるね。かつて偶然できた変わり者が有利に生き延びられたことがあって、その特性が現在までつながっているのでしょう。
実験や研究というのはある程度の量をこなさなければ何も見つからないので、石田くんが30匹もサナギを観察したということが大事です。それにお父さんが一緒に考えてくれるというのも素晴らしいと思います。ぜひお父さんと共同研究でいろんな発見をしてください。
虫の生態から僕たちが学ぶべきことはありますか?
石田さん
福岡先生
虫から学べることはいっぱいあります。その中でも、今日は二つのことをお伝えしたいと思います。
まず一つに、先ほどチョウは種によって食べる物が決まっているお話をしましたね。キアゲハはパセリやニンジンの葉っぱ、ジャコウアゲハなら川原などに生えているウマノスズクサという具合です。そして、チョウに限らず、植物を食物とする植食性昆虫の多くが自分の食べる物を限定しています。このことからわかるのは、虫たちが自然をうまくすみ分けているということ。つまり虫は、何でもかんでも自分のものにするのではなく、他の生命のことを考えながら利他的に生きているのです。他の生命体がすべて自分たちのためにあると思い込み、あらゆるものを手に入れようとする私たち人間の欲深さを反省させられますね。
二つ目に、一つの虫を観察すると、その生命がいろいろなところで自然全体とつながっているということにも気づかされます。例えば、ホタル。ホタルの幼虫は、貝を食べます。貝は藻を食べます。浅くて、太陽の光がたくさん入る清流でなければ藻が生えず、貝もいない。今、東京中の川が地下に埋設した水路、暗渠(あんきょ)になっているけれど、地下に潜って流水面が見えなければ、もうホタルは育ちません。そんな風に自然はつながっているのです。
あるときこんなこともありました。私はクモの巣にかかっていたミツバチを助けようとして、そのミツバチに刺されてしまったのです。ミツバチは敵に針を刺すと死んでしまうため、私の行為によってミツバチは絶命し、さらに巣を壊してクモにも迷惑をかけ、私も痛い思いをしました。自然のつながりに無理に介入することは何も生まない、そう教えてくれたのだと思います。子どもの頃に虫を通して学んだこれらのことは、今も私の生命観、自然の見方の基本になっています。
2nd TALK
「好きなことに夢中に
なることの大切さとは︖」
「何かに問いかけ、解き明かそうとする経験は、
人生を驚くほど豊かにしてくれる」
今日は私が一番好きな虫の標本を持ってきました。ルリボシカミキリという青いカミキリムシです。見たことあるかな?
福岡先生
石田さん
初めて見ました。きれいですね。
生きているときはもっと鮮やかな青色なんですよ。初めて山で本物に出会ったときには、あまりの感動で天にも昇るような気持ちになりました。私は青という色にひかれるのですね。それが高じて、後にフェルメールというオランダの画家についての研究もするようになりました。フェルメールは、とても美しい青色を使って絵を描く人だったのです。何か一つ好きなことがあると、そこから次々と新しい好きなことがつながっていきますよ。
福岡先生
石田さん
僕は虫が好きな植物について調べるようになって、植物にも興味が出てきました。
虫を入り口にして、どんどん自然を探究してみてください。世界が広がって楽しいね。
福岡先生
石田さん
昆虫博士になるためにはどんなことが大事ですか?
まず、疑問を大切にすること。次に、その疑問を追究しようとすること。それから、見方をいろいろ変えて、隠されているものを探り出すこと。この3つが科学の研究のコツと言えます。自然のヒミツというのはみんな隠されているから、見えないものを見ようとすることが重要です。角度を変えて考えてみたりすると、さまざまなことが見破れるんです。石田くんは小学3年生にして既に注意深い観察眼があるのだから、それを大切にして、これからもいろんな実験をしたり、試したりしながら探究を続けてください。
福岡先生
石田さん
はい、ありがとうございます。青山学院で学ぶ児童・生徒・学生に、メッセージをお願いします。
みなさん何か一つは、やっていて楽しいことがあると思います。ぜひその好きなことを好きであり続けてください。私はたまたま虫が好きになり、生物学者になったけれど、好きなことがそのまま職業につながらなくたっていいのです。何かが好きで、それに熱中するということは、調べる、実際にそこに行ってみる、実験してみる、聞いてみる、目を凝らしてみる、そうしたいろいろなことにつながっていくわけです。そのように何かに問いかけ、解き明かそうとする経験は、将来どんな職業に就いても必ず役に立つと思いますし、人生を驚くほど豊かにしてくれるはずです。自由な空気にあふれたこの学び舎で、存分に好きなことを追究していってください。
石田くんはまず、さっき校庭で採集した白い虫が何かを調べてみてね。私からの宿題です。虫はまだまだ見つかっていない種がいると考えられるから、日頃から注意深く見ていると、本当に新種が発見できるかもしれないよ。
福岡先生
石田さん
家に帰ったら早速調べてみます。ありがとうございました。
After Interview
福岡先生とお話して ―虫の先生とワタムシを見つけたよ-
福岡先生は、虫のことをたくさん知っている、やさしい先生です。福岡先生がかっこいい虫とりあみを持ってきて、学校でいっしょに虫とりをしてくれました。とても楽しかったです。そのとき初等部の日本庭園で、ふわふわととぶ雪のような白い虫をつかまえました。ぼくは日本庭園でよく虫をとりますが、今までつかまえたことのない虫でした。
虫とりの後、福岡先生とお話をしました。福岡先生は将来ぼくがこん虫博士になるためにとても大切なことを教えてくれました。集中して感じたり、ちがいを見分ける力が大事だよと教えてくれました。これからの虫とりや虫のかんさつに生かしていきたいです。
この日いっしょにつかまえた雪のような虫は、「何という名前の虫か後でしらべてみてごらん」と福岡先生が宿題を出してくれました。家に帰ってしらべてみると、その白い虫はアブラムシのなか間でワタムシとよばれ、冬が近くなって寒くなると羽が生えてふわふわととぶ虫だとわかりました。日本庭園のもみじはまっ赤でとてもきれいでしたが、冬はもうすぐそこまで来ているよ、と虫が教えてくれました。福岡先生、いっしょに虫とりをしてくれて、いろいろと大切なことを教えてくれて、本当にありがとうございました。(石田さん)
150周年特別企画
*掲載されている人物の在籍年次や役職、活動内容等は、特記事項があるものを除き、原則取材時のものです。