No.339
掲載日 2025/3/4

150周年記念企画
「未来を拓く青学マインド」

「面白い」を突き進み、未知を解き明かす

|校友・卒業生|

名古屋大学 大学院工学研究科 教授
澤 博

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理工学研究科 理工学専攻 化学コース
博士後期課程 1年

大野 礼雄

2024年に創立150周年を迎えた青山学院。学院から巣立った卒業生は、在学中の学びを生かし幅広い分野で活躍しています。今回は、青山学院大学理工学部で、当時世界中から注目された銅酸化物高温超伝導体の研究に取り組み、構造物性研究において長年第一線で活躍を続け、常に新しい分野を開拓している名古屋大学の澤博教授に、化学分野で研究者を目指す大野礼雄さんがインタビューします。研究者としての感激の瞬間や持つべき意識など、多彩なテーマでディスカッションは進みました。

Profile

名古屋大学 大学院工学研究科 教授

澤 博

青山学院大学理工学部物理学科卒業、同大学院理工学研究科物理学専攻博士後期課程修了(理学博士(青山学院大学))。青山学院大学理工学部助手、東京大学物性研究所助手、千葉大学理学部助教授を経て、2001年から高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所助教授、2005年同教授。放射光X線回折による構造物性研究において第一線で活躍を続け、当該分野の今後の発展を考え、2008年から名古屋大学大学院工学研究科教授として後進の育成に尽力している。

理工学研究科 理工学専攻 化学コース 博士後期課程1年

大野 礼雄

東京・私立青山学院高等部出身

中学・高校の頃から発光する物質に興味を持ち、最先端の研究ができる青山学院大学理工学部化学・生命科学科に進学。長谷川美貴教授の錯体化学研究室で、発光性のレアアースを含む分子の研究を進めており、特に界面における新たな光機能の創成に取り組む。将来は、研究開発を通じ、社会に新たな物質やコンセプトを提供できる研究者を目指している。学部時代には体育会洋弓部に所属。粘り強く努力する姿勢や他者と力を合わせて取り組む力も養われた。2024年には、台湾で行われた「Phosphor Safari 2024」で「The Best Award; Poster Presentation」を受賞した。

TALK THEME

1st TALK

「これまでに感激した出来事は?」

自然科学の未知の世界に迫り、
自ら真実を解き明かすときは感激の瞬間です

私は中高生の頃から発光する物質に興味があって、化学を専門に学ぶことを決めました。現在は、長谷川美貴先生の研究室に所属し、発光性のレアアースを含む分子の研究をしています。澤先生は、なぜ物理の道に進まれたのですか。

大野さん

澤先生

幼少の頃からSF小説が好きでした。その影響で、宇宙の謎など物理で扱うテーマが好きという下地があり、それに加えて暗記ものが苦手だったことが大きいですね。化学は覚えなくてはいけないことが山のようにありますよね。しかし、物理は最小限の情報を組み立てて問題を解くことが醍醐味です。進路を考える高校時代に、自分なりの興味や適性を考えて大学で物理を専攻することにしました。

青山学院大学での物理の学びはいかがでしたか。

大野さん

澤先生

青山学院大学の先生方の熱量は非常に高かったという印象です。その熱意に正直なかなか応えられなかったのですが、物理という分野は一人で学んで理解するのは難しい分野です。そこで学生同士で勉強会を開くなどして切磋琢磨していました。

学生同士で教え合うのは盛り上がりそうですね。研究室に配属になるときには、すでに研究者の道を考えていたのですか。

大野さん

澤先生

夢にも思っていませんでした。研究者になれたのは、巡り合わせや運が大きいと思います。大学院時代は、物性物理学を研究されている秋光純先生(青山学院大学名誉教授)の研究室に所属していました。1986年にベドノルツとミューラーが銅酸化物高温超伝導体を発見し、世界中の研究者が新しい高温超伝導物質という宝探しでお祭り騒ぎとなっていました。秋光研究室はそうした中でいくつも注目度の高い新物質を発見して研究成果をあげた著名な研究室で、私も夢中で研究していました。

ヒットを飛ばした研究の中で、私は一部の物質同定*を担当していました。超伝導体を探し出すためには物質の構造や特性を明らかにする必要があり、物質同定は「お宝鑑定ができるスキル」でした。つまり、その物質の研究を進めていくべきか否か、適切に判断する力を身に付けることができたのです。独学で得たプログラミング技術も生かすことができました。今振り返れば、これらの積み重ねによって物性物理学の世界で研究を続けることになったと思います。

*化合物の組成(どのような原子がどのような割合で含まれているか)で、それらがどのように結合して物質を構成しているかを明らかにすること。

世の中が大きく動く中で研究者としての第一歩を踏み出されたのですね。

大野さん

澤先生

日本中の若手研究者が「もう面白くて仕方がない」という感じでしたね。大野さんは今までに、論文は何本くらい執筆しましたか。

投稿中のものが2、3本、共著が1本です。英語で希土類錯体の本の1章分を長谷川教授と書く機会もいただき、2024年11月に出版されたばかりです。

大野さん

澤先生

素晴らしい。博士後期課程を修了するまでに、何本くらいになりそうですか。

そうですね。5本くらいでしょうか。

大野さん

澤先生

私は博士後期課程修了までに、関連論文が17本になりました。

17本ですか。すごいですね。

大野さん

澤先生

日本中の研究者との共同研究によって、普通の大学院生では経験できない成果の蓄積になりました。物理の世界であのようなフィーバーが起こることは滅多にありません。非常に思い出深い印象的な出来事でした。

フィーバーの渦中での学生生活を終えた後も研究を続けられて、感激した出来事はありましたか。

大野さん

澤先生

研究者が経験する最大の感激の瞬間とは、自然科学の未知の世界に迫ったとき、長年研究してきたものの真実を知ったときでしょう。『ジュラシック・パーク』という映画の中で、化石発掘によって恐竜を研究してきたグラント博士が、テーマパーク「ジュラシック・パーク」に視察に行って初めて生きている恐竜に遭遇して感激するシーンがありますが、あのシーンは研究者の感激をよく表していると思います。

感激はそこで終わりません。世界中の研究者が悩んでいる問題を自ら解き明かしたとき、巨大なジグソーパズルの最後のピースをぱちりとはめ込んだかのようで、大きな感動を覚えます。しかし、ピースがはまった絵を一歩下がって見てみると、実はその絵が大きなパズルの一つのピースだったりします。自分が解き明かしたと思っても、その中にさらに深遠な新しい現象が隠れていることに気付くわけです。いつまで経っても全体像が見えない面白さが研究にはあります。

私は一緒に研究を続けてきた若手研究者たちとも感激的なシーンに何度か遭遇しながら研究を続けてきました。そのような経験ができることが、その人の研究者としての方向性を決めるかもしれません。

いつかそのような経験をすることが楽しみです。

大野さん


2nd TALK

「研究で大切にしていることは?」

他の人がやらないことをやることです

澤先生はご自身の研究分野を「構造物性」という新語で説明されているそうですね。現在の研究についても教えてください。

大野さん

澤先生

構造物性研究とは、材料の結晶構造情報に基づいて、その物性の発現について明らかにする手法です。結晶構造がほとんど同じように見える物質でも、まったく異なる性質を示す場合もあり、その理解には、構成する原子や分子の間の相互作用のネットワークの解明が必要です。測定には放射光X線を用いており、幅広い物質群を研究対象としています。

2024年7月にプレスリリースで発表された、化学結合の可視化に成功した研究は私も興味深く読ませていただきました。

大野さん

澤先生

アミノ酸の一つ、グリシンの分子中の化学結合の様子を直接観測し、電子雲が分子全体を包み込むのではなく切れ切れになっていることを可視化したものですね。薬局でも売られているようなよく知られた物質の研究がこれほど注目されるとは思っておらず、反響に驚いています。化学の世界では、化学結合に関する理解やモデルが研究者によって異なるようですね。化学者と物理学者の電子状態の捉え方の差にも気付くことができてとても楽しい経験となりました。

この研究手法では、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8で、従来の実験室のX線発生装置の1億倍明るい放射光X線を用いました。注目された理由の一つは、世界に類を見ない高品質のX線を用いることで価電子の情報を選択的に取り出すことが可能であるという、新しい学術分野が開拓される期待の現れだと思います。

電子が結合した様子は目で観測することができないことが大前提だったところ、実験と計算で裏付けられ可視化できたことは素晴らしい業績だと思います。私自身もSPring-8で実験を行うことがあります。学部4年次、世界中の研究者が集まるような最先端の高度な施設を初めて訪れとても感激し、大学院に進学して研究を続ける意欲が湧きました。

今回の研究テーマも素晴らしいと思いますが、澤先生はふだん、どのようにテーマ設定をされているのでしょうか。

大野さん

澤先生

具体的な対象物質については、あまりしっかり決めているわけではないです。学会や研究会、論文などで面白そうだと思うものを見つけて、「その材料の単結晶が得られそうだ」くらいの判断基準で物質を選択してきました。既存の研究とは異なる手法を選択して新たな視点で研究を進められることが基本です。
研究生活を長く続けていると、他の研究者から「これを一緒にやりませんか」と材料を持ち込まれることも増えてきて、まだ収束していないテーマがかなりあります。

研究ではどのようなことを大切にされていますか。

大野さん

澤先生

他の人が行っていない、または行うことが難しい研究をすることです。誰かと競争してトップになることが好きな人もいますが、私は対外的な評価にはあまり興味がなく、誰もいない道を走り抜けたら何が見えるのかに夢を膨らませるタイプです。先ほども、面白そうだと思った研究を別の手法で行うと言いましたが、それは、誰もやっていないことをやりたいと思っているからです。青山学院大学時代から培ってきた「お宝鑑定スキル」がそれを実現するために役立っています。

ただし、他の研究者がやっていないことをやっていると、同じテーマの研究者が見つからなくて、ディスカッション相手がいないというデメリットがあります。こういう問題について、大野さんはどうしたら良いと思いますか。

難しいですね。

大野さん

澤先生

私が日頃指導している学生にアドバイスしているのは、海外のハイレベルな学術誌に筆頭著者として論文を出すことです。そうすれば、世界の研究者の方からディスカッションをしにきてくれます。世界は広いですからね。研究者になりたいのなら、少なくとも論文1本はとにかく著名な学術誌に掲載されるように頑張れ、と指導しています。

なるほど。私も日頃から、論文は研究者の名刺としての役割を果たすと教えていただいています。その意識を大切にして研究に励みたいと思います。誰もやっていないことをテーマに研究される中で、困難に直面したら、どのように克服されているのですか。

大野さん

澤先生

あまり困難に直面することはないですね。ただ、不可能にぶつかることはあります。不可能は困難ではなく、できないわけで、不可能だと判断したら同じアプローチでは続行しません。不可能なことを正しく見極め冷静に判断して、新たな挑戦方法を考えます。ただし、やらなくて良いものについては手を抜きます。

私の座右の銘は「人間万事塞翁が馬」、そして「やる気に不可能なし」という言葉も大切にしています。一つの結果に悲観的になりすぎず、気楽に構えて、やれることはやる。これが大切ではないでしょうか。

3rd TALK

「研究者を目指すには?」

自分が「面白い」と思うことを自覚し、
それに突き進んでください

澤先生は、研究所等を経て名古屋大学の教授に就任されたと伺っています。大学教員を目指した理由を教えてください。

大野さん

澤先生

後進を育て、ともに研究を継続し、日本の研究力や技術力向上に寄与するためです。かつて高エネルギー加速器研究機構の物質構造科学研究所に所属していたときには、注目度の高い成果も出ましたし、多くの論文に関与できました。しかし、前述したように、私は他の人がやっていないことを目指しているので、私がいなくなったらこの分野の研究を引き継ぐ人材がいなくなってしまうのか、という懸念が出てきました。このままでは放射光X線の先端研究が先細りになってしまう、そうだ!研究を続ける若者を育てよう、と研究所を出て大学教員になりました。ですから、大学では研究そのものもさることながら、教育をとても重視しています。また、昨今の日本の研究力や技術力を支える人材不足に大きな懸念をいだいており、少しでも役に立ちたいという思いもありました。幸運なことに、私が指導した博士課程の学生たちは、全員が学位取得後に国立大学や研究所のアカデミックポストに就き、構造物性研究を発展させてくれています。青山学院はスクール・モットー「地の塩、世の光**」を体現する「サーバント・リーダー***」を育成しているように、研究者・教育者として日本や社会に貢献できる後進を育てていきたいですね。

** 聖書のことばで、「地の塩」として周囲に尽くし、「世の光」として他者を導くこと。
*** 自分の使命を見出して進んで人と社会とに仕え、その生き方を導きとする人。

教育者としてどのようなことを大切にされていますか。

大野さん

澤先生

分野外の人々とも交流をすることを勧めています。研究者となると、学部から博士前期・後期課程を経て10年近く研究室にいるため、専門分野に没頭するあまり、意識しないと研究に対する視野が狭くなることがあります。自分が何を行っているのか、今携わっていることをどのように発展させるべきなのか、他分野の研究者と交流してこそ理解ができ、俯瞰した見方ができます。さらに言うなら、分野外の人たちにも伝わるスキルがないと、一流の学術誌に論文を書くことも難しいです。積極的にコミュニケーションをとって、視野を広げてほしいですね。

私は実験が楽しくて、研究室で手を動かしてデータ収集や事象の把握が大切な経験だと感じていますが、自分の研究のあり方を知るためにも、学外や他の分野の方との交流を深めていくことも大切なのですね。学会などで外の研究者と交流することに、今以上に積極的になりたいと思います。

こうしたことを含めて、研究者や大学教員を目指す人にメッセージをお願いします。

大野さん

澤先生

研究者を目指すなら、いろいろなことに対して「面白い」と感じる心を大切にして、自分は何を面白いと思うのか自覚しましょう。そして面白いと思ったことに向かってとことん突き進んでください。この「突き進む」スキルこそが研究者に必要なもので、最終的にその人の研究の価値を決めます。ただし、突き進むにあたっては、自分自身の実力を客観的に見極めることも大切です。「どのような研究ならば注目されるか」「この研究をすれば上のポストに行ける」など目先の価値ばかり気にする人は研究者に向きません。短期的にはうまくいっても、いつか齟齬が生じます。あくまでも自分が「面白い」と思えることを大切にして突き進んでほしいですね。同好の士を見つけられるともっと楽しくなるでしょう。

大学教員を目指すならば、教育者として「人を育てること」を第一に考え、誰もやったことのない新しいことを見つけ、それに没頭する大切さとその考え方を学生達に伝えることが必要です。

面白いと思うものにもっと敏感になっていきたいと思います。

大野さん

澤先生

現在、研究者として活動する中で、青山学院大学の教育が他大学と多少異なっていたことに驚いています。例えば、粟屋隆先生(青山学院大学名誉教授)が担当されていた「誤差論」は、当時、何の役に立つのか理解できなかったのですが、今になって改めてデータを正しく読み解く上で不可欠な知識だと実感できます。研究を進めれば進めるほど、いかに多くの研究者が見落としているのかが理解できるようになりました。また、奨学金や学術賞にも先生の名前が冠されている薦田俊彌先生(青山学院大学名誉教授)から、量子力学を丁寧に正確に教えていただいたことも、実は私の研究に大きくつながっています。生前にお礼できなかったことが悔やまれます。ぜひ青山学院大学の教育環境を大野さんの研究に役立ててください。

そうですね。青山学院大学の良い環境を存分に生かしてこれからも学んでいきたいと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。

大野さん

After Interview

研究という夢を持つ大野さんが澤先生との対話から得たヒントは?

面白いと感じることを改めて大切にしていきたい

澤先生のお話を通して、「面白い」と感じることの大切さを改めて認識できました。大学や大学院への進学を考えていたときほど、当たり前すぎてあまり意識していなかったように思います。研究は、前例のない誰も到達したことがない世界に自分自身で入っていくものです。そうした楽しさを身近に感じられる環境に身を置いていることを生かして、面白いと思うことに突き進みたいと思います。そのために、他にはない研究に没頭する一方、いろいろな方向にアンテナを張って見識を増やし、井の中の蛙にならないよう留学なども含めて外の世界に触れることにも積極的にチャレンジしていきます。

150周年特別企画

*掲載されている人物の在籍年次や役職、活動内容等は、特記事項があるものを除き、原則取材時のものです。

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