文学で培った想像力を働かせ
人の話を聞き、自分の声で伝える

掲載日 2022/3/8
No.141
日本放送協会(NHK) 名古屋放送局
アナウンサー
文学部日本文学科卒業
藤井 彩子

OVERTURE

アナウンサーは情報発信という駅伝のアンカーだと自負し、放送の世界でサーバント・リーダーとして活躍する藤井さん。大学時代に学んだ文学と日本語の知識を礎に、取材を通して出会った人々の言葉を大切にしながら、日々、情報を丁寧に届けています。

大好きな文学を学ぶため日本文学科へ

父が裁判官だったため何度も引っ越しを繰り返し、国内のさまざまな土地で文化の違いや多様性を肌で感じながら育ちました。昔から文学が大好きでヘルマン・ヘッセ、ガルシア・マルケス、三島由紀夫、高橋源一郎など多岐にわたる作品を読んで過ごしたものです。
文学への思いが高じて文学部日本文学科へ進み、太宰治と三島由紀夫を研究する永藤武先生のゼミナール(ゼミ)に所属して、卒業論文には三島の『豊饒の海』をテーマに選びました。卒論で行き詰まっている最中、永藤先生がクロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』を薦めてくださったことは、忘れられない思い出です。理由はおっしゃいませんでしたが、『豊饒の海』が人間の認識と行動をテーマにした作品で、『野生の思考』も認識について述べているという共通点があったためではないかと思います。私は、決して真面目な学生ではありませんでしたが、そんな学生に対してもきちんと目を配り、安易に正解を教えるのではなく、本の紹介という形で自ら考えるようさりげなく導いてくださったことが印象に残っています。『野生の思考』は今でも傍らにあります。
また日本近世文学が専門で、後に学長となられた武藤元昭先生にもたいへんお世話になりました。通年授業の前期末の試験で大きな失敗をしてしまい、後期はしばらく授業から足が遠のいていたところ、武藤先生から「何事も挽回できるし、得られるものがあるはずだから授業に出席した方が良い」と友人を介してお声をかけていただきました。その後、思いを新たに再び前向きに授業に取り組むようになり、最終的には無事に単位を修得できました。失敗しても辛抱強く努力し続ければ挽回できるのだと、武藤先生に教えていただいたように感じました。

小説の大きな魅力のひとつは、自分以外の人々が何を考えているのか、そのヒントを知ることができることです。過去の作品ならその当時の人たちがどんな人生を送っていたのか、現代の作品であれば、自分が出会ったことのないタイプの人はどのように感じ行動するのかといったことに対し、想像力を膨らませるきっかけを与えてくれます。アナウンサーは、人と会って話をするのが仕事の8割といっても過言ではないので、相手はどのような方か想像しながらお話を伺うとき、学生時代に数多くの小説に触れてきた経験が今も自分を支えてくれていることを実感します。

自分の声で伝える仕事に憧れ目指したアナウンサー

課外活動ではスキーサークル「LES SKI愛好会」に所属し、毎年冬には40日間、合宿やアルバイトなどでスキー場にいました。青山祭ではサークルの仲間たちとおそろいのスタジアムジャンパーを作って出店したり、他のサークルの人たちと交流したり、思い返せば楽しい記憶ばかりがよみがえってきます。アルバイトでは、イベント会場でのナレーターなどをしており、いただいた原稿を自分なりの言葉にして人前で話すことが楽しく、やりがいを感じていました。また、友人のお父様が関西の民放局に勤務されていて「案内してあげるよ」と局内を見学させてくださり、その頃からアナウンサーという仕事に淡い関心を抱くようになりました。

大学2年次の青山祭(中央)

本格的にアナウンサーを目指したのは大学3年次に、就職活動に取り組もうとしていた頃です。女性が男性と同じように働く機会が今よりずっと少ない時代でしたが、できればクリエイティブな仕事を男性と同じようにしたいと常々思い、自分にできそうなことは何かと考え、たどり着いたのがアナウンサーでした。目標達成のためにアナウンス学校やマスコミ塾に通い準備を進めていく中で、記者やディレクターにも関心を持ちましたが、やはり自分の声で伝えることが決め手となって初志貫徹し、競争率は高かったものの、NHKでアナウンサーの職に就くことができました。

とても大切な英語、それ以上に重要な日本語

若いころはスポーツの実況を目指しており、1999年に女性アナウンサーとして初めて阪神甲子園球場から、高校野球(全国高等学校野球選手権大会)の全国放送の実況を担当したことは忘れられない思い出です。シドニーとソルトレイクシティーのオリンピックでは現地キャスターを務め、スポーツと放送の“ハレ”の舞台を経験しました。

野球実況アナウンス前の準備

海外で取材をする機会は度々ありますが、もともと英語があまり得意ではなく、英語の青山でもっと勉強しておけば良かったと思うこともしばしばです。私が痛感してきた通り、どんな仕事をするにせよ英語ができるに越したことはありません。ただそれ以上に日本語の能力は重要です。AIによる自動翻訳で、細かなニュアンスは別にしても、早晩、言語の壁が今ほど大きな問題にならない日が来るでしょう。ただ人と深く関わるためにはまず母語である日本語をしっかり理解することが不可欠ですし、それが技術的に可能となるにはまだ時間がかかるのではないでしょうか。学生時代に日本語学の授業で日本語の構造、発音・発声などについて学んで得た知識は、今も仕事でたいへん役立っています。

2002年ソルトレークシティー五輪で現地キャスターを務める

相手のことを想像し仮説を立ててから取材する

現在は名古屋放送局に在籍し、ニュースを読むのはもちろん、愛知、岐阜、三重の東海3県に向けた情報バラエティー番組「東海ドまんなか!(2021年度は「ド真ん中ジャーナル!」)」(総合テレビ 不定期 金曜夜7:30〜8:13)で井戸田潤さんとMCを担当し、放送のテーマ決めから取材・構成にも携わっています。またそのスピンオフ番組である「ドまんなかラジオ!」(ラジオ第一放送 不定期)では自分で制作も担当しています。ほかにも、人間らしさの根源を科学者と共に“妄想”するサイエンスバラエティー「ヒューマニエンス」(BSプレミアム・BS4K 火曜夜10:00~11:00)と「ヒューマニエンスQ」(総合テレビ水曜夜11:00~11:29)のMCを、織田裕二さんと担当します。こちらは、全国放送です。
また、取材やインタビューは、ただ漫然とお話を聞いていれば良いというものではもちろんありません。下調べをもとに仮説を立て、事実と照らし合わせ検証するのですが、仮説を立てる際には「こういう立場、環境にある人ならどう考えるだろうか」と小説で培った想像力を駆使しています。実際にお話を聞いてみると想像通りの場合もあれば、全く違ったり、一部だけが予想外だったり、さまざまな発見を得られるところも取材の大きな魅力です。また取材を受けた方々の思いも含め、制作段階からチームで話し合い、皆が納得できる表現に落とし込んでいきます。取材やインタビューには、大学時代に文章を書くことで培った構成力とそれを支える論理的な思考が生きています。

私は人に会って直接お話を伺うことがたいへん好きで、インタビューはライフワークだと考えています。2020年まで約8年間に渡り放送していたラジオ番組「すっぴん!」では各界からさまざまなゲストをお招きして、1,500人以上の方々にインタビューをさせていただきました。興味深いお話を聞かせてくださる方々ばかりでしたが、中でも印象深かったゲストは「純音楽家」の遠藤賢司さんです。当時、がんにかかったことを公表され、生に大きな意味と意義を見出されていた遠藤さんの言葉の重みは決して忘れられません。この番組の終了をきっかけに、名もない市井の人々へのインタビューも行おうと考え、手始めに自分の母から、戦時中、疎開先で過ごした幼少期の話などを聞かせてもらいました。

ほどなく母が亡くなり、ほんのわずかな期間で終わってしまったものの、当時人さらいが流行っていたという話や、3歳だった母が、お醤油を買いに一升瓶を担いで片道3kmもの道のりを歩いたエピソードなど、それまで全く知らなかった内容ばかりで驚かされました。母も自ら話すことによって、忘れていたことをあれこれ思い出したのかもしれません。この経験から、有名無名にかかわらず、人の人生とお話には宝が詰まっていると、改めて感じました。

アナウンサーは情報発信のアンカー

ニュース原稿は、さまざまな決まり事があるので、話しことばとは違った日本語になりがちですが、たくさんのプロが目を通してようやく許可が出た文章なので、独断では一語たりとも変えるわけにはいきません。特に政治に関する内容は“てにをは”が異なるだけでも、極端なことを言えば外交問題にも発展しかねないデリケートなものですから、常に緊張感と責任感を持ち少しでも分かりやすく伝えるように努めています。アナウンサーとは情報というバトンをつなぐ駅伝のアンカーのような存在だと自覚し、チームのメンバーひとりひとりの思いを尊重しながら放送に臨み、その結果、自分の言葉が伝わったという手応えがあった時には大きな充足感を覚えます。

卒業生として青学を一言で表すとすれば、“おおらかさ”ではないでしょうか。良い意味でガツガツせず、真剣に取り組むことさえ楽しむ余裕が青学生にはあるように思います。卒業生や在学生からお話を聞く度に思うのは、自由で個性豊かな方が多いということです。そうした校風のもとでキャンパスライフを送れるのは素晴らしい限りで、青学で過ごした時間は後の人生で宝物になるはずです。私自身、入学時にはどうしても青学でなければとは考えていませんでしたが、卒業してからは本当にこの大学で過ごせて良かったと感じるようになりました。ぜひともいろいろなことに興味を持ち、学生生活をクリエイティブに楽しんでください。

藤井さんの1日(「ド真ん中ジャーナル!」放送日)

  1. 11:00

    出勤、台本の読み込み

  2. 12:30

    昼食

  3. 13:00

    打ち合わせ

  4. 14:00

    メイク

  5. 15:00

    リハーサル(休憩、打ち合わせをはさみながら行います)

  6. 17:00

    井戸田潤さんを迎えて打ち合わせ

  7. 19:30

    本番開始

  8. 20:13

    本番終了、日によっては「ドまんなかラジオ!」の放送

  9. 21:00

    ラジオ終了

休日は東京へ戻り、夫の落語家古今亭菊之丞とその弟子のサポートもしながら過ごしています。夫がYouTubeで動画を配信しているので、簡単にですが台本を書くなど制作にも携わっています。

卒業した学部

文学部 日本文学科

青山学院大学の文学部は、歴史・思想・言葉を基盤として、国際性豊かな5学科の専門性に立脚した学びを追究します。人間が生み出してきた多種多様な知の営みにふれ、理解を深めることで、幅広い見識と知恵を育みます。「人文知」体験によって教養、知性、感受性、表現力を磨き、自らの未来を拓く「軸」を形成します。 文学・語学・日本語教育という多彩な研究対象を擁し、実践的なカリキュラムが揃う日本文学科では、過去から現在に至るまでの日本語で書かれた「ことば」の研究を介して、ことばの向こう側にいる〈他者〉とつながります。〈他者〉の目を通して今一度自分自身という存在について見つめ直し、国際社会に通用する深い洞察力を養います。

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*掲載されている人物の在籍年次や役職、活動内容等は、特記事項があるものを除き、原則取材時のものです。

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