心揺さぶるメッセージ
や未知の世界にふれる
喜びをより多くの
視聴者と共有したい

掲載日 2023/3/6
No.218
日本放送協会(NHK)
チーフ・プロデューサー
文学部 日本文学科卒業
小野 洋子

OVERTURE

NHKに入局以来、20数年にわたるキャリアを築いてきた小野さん。理想の自分に近づけず深く悩んだ時期もありました。しかし、思い込みやこだわりを捨て、幅広い仕事に挑戦し始めてから視野がグッと広がりました。“新たな価値観と出会い”が自身を成長させてくれたと話します。やりがいを感じるのは視聴者に伝わったと実感できたとき。感動や発見を多くの人と共有したいという情熱が、番組制作に取り組む小野さんの原動力です。

真摯に取材し、伝えていく

ディレクターとしてNHKに入局し、地方局勤務や関連会社出向などを経て、8年前からプロデューサーとして渋谷の放送センターに勤務しています。初任地は長野放送局で、着任2年目に開催された長野オリンピック関連の取材も経験しました。日本人選手の活躍に沸く競技場内の雰囲気、街を包み込む独特の熱気や感動は忘れられません。その後、料理番組や美術番組、青少年向け番組やイベント事業にも携わり、現在は主に「ハートネットTV」などの福祉番組を担当しています。
番組制作は、ディレクターが現場で取材し、企画を提案するところから始まります。その企画について、番組としての方向性や放送のタイミングなどをプロデューサーが判断します。制作が決まれば、その後の取材からロケ、編集まで現場での一連の作業をディレクターが行い、プロデューサーが進捗を確認しながら完成まで並走するという流れで進みます。

NHK長野放送局時代

ディレクター時代もプロデューサーとなってからも、やりがいを感じるのは視聴者の皆さんに伝わったと実感できたときです。昨年、戦後間もなく不発弾の事故で両目を失明し両手を失いながら盲学校の教員になった80代の男性を取材したドキュメンタリー番組を放送しました。男性は、学校に通うことも教員試験を受けることも容易ではなく、常に大きな壁として立ちはだかったのは障害者に対する差別や偏見だったといいます。しかし、どのような境遇にあっても学びたいという気持ちを持ち続けた男性の生きざまや、「どのような状況でも人生を諦めないでほしい」という男性の言葉を多くの人に届けたいと番組を制作しました。インターネットでも動画を配信、500万回近い再生回数を記録しました。ネットを通じ、10代、20代の若い世代にもメッセージを届けることができたのは、本当にうれしかったです。番組制作には時代の変化に合った新しい切り口も求められますが、こうしたドキュメンタリー番組は時代をこえて多くの人の胸を打つのだと実感しました。そして喜びと同時に、これからも芯のあるメッセージを伝え続けなければと決意を新たにしました。
テレビの放送枠は30分でした。その中で80年をこえる男性の人生を語るのはとても難しいことです。長い人生についてお話された中から、伝えるべきポイントを整理し、番組スタッフ全員で何度も内容について精査を重ねました。当然のことながらご本人や家族、関係者の皆さんに納得いただけるものでなければなりません。常に緊張感をもって番組制作に臨んでいます。

人と繋がり、人から学んだ
4年間

幼い頃から剣道を続け、高校時代はインターハイ出場を目標に部活に打ち込みました。しかし、インターハイ後は燃え尽きてしまって、受験勉強への切り替えがうまくできませんでした。1年浪人して青山学院大学に入学、知り合いに誘われ体育会剣道部に入部しました。すると高校時代まで同学年で、練習試合などで顔見知りの人が1年先輩になっていて、当初はそういう人たちと先輩・後輩という関係になってうまくやっていけるか不安でした。でもここが青山学院大学の良いところで、稽古は厳しく上下関係もあり、試合は真剣勝負ですが、オフは和気あいあいとしていて、思いのほか自然に溶け込めました。高校までは自分自身の勝ち負けにこだわり、ただがむしゃらにやるだけでしたが、大所帯の大学の剣道部で初めてチームで目標に向かっていく楽しさを知り、チームのために何ができるかを考えるようにもなりました。
入部した当時は創部90周年でした。OB・OGも沢山いて長い歴史の中に自分がいるのだなあという事も感じましたし、OB・OGの先輩は剣道だけでなく学生生活や就職の相談などにも熱心にのってくれて、人々と繋がりあうことの温かさや素晴らしさを実感することができました。
剣道部で過ごした4年間は、勝ち負けをこえて多くの学びを与えてくれましたし、一緒に汗を流した仲間はかけがえのない友となりました。とても濃くて、熱くて、そしてハッピーな時間だったと思います。本当に楽しかったです。

日本文学科のゼミ旅行

そして、日本文学科での学びは私の大きな支えになっています。人見知りの性格もあり、幼い頃からおしゃべりよりも、文章や絵で書いて伝えることのほうが得意でした。当時はメールなどもなかったので文通したり交換日記をしたりして楽しんでいましたし、作文を書くことも好きでした。自分が作ったもので何かを伝えるというマスコミの仕事に憧れ、早くから文学部を志望していました。日本文学科を選んだのは、母語をしっかり学んで自分らしい表現を追究したいと考えたからです。授業では、日本文学を通して人の心の深さや複雑さと向き合いました。
卒論は菊池寛の「真珠夫人」をテーマに書きました。菊池寛は文藝春秋社を興し、芥川賞・直木賞を創設した人です。小説家でありながら実業家として若手作家の活動を支援し、文藝家協会を作って文学者全体をも支えました。こうした菊池寛に、ペンの力だけではない、大きな人間力を持った存在としての憧れを感じました。しかも調べを進めていくと、友人の罪をかぶって学校を退学したり、容姿に並々ならぬコンプレックスをもっていたりと、その屈折した人間らしさがたくさん見えてきて、彼の迷いや弱さ、そして愛しさも感じることができました。菊池寛の作品を読み込み、その生き方や時代を総合的に見つめ卒論にして仕上げる過程は、大げさかもしれませんが“生きるとは何か”を考える時間であったと思います。人間の心は複雑で簡単に正解は見つかりませんが、主人公の気持ちや時代背景などをさまざまな角度から見つめ、文章にして表現した日本文学科での日々で、思考力や観察力が鍛えられたと感じます。自分なりの視点をもって考えることは、価値観が多様化していく現代においてとても大切なことであり、私の今の仕事にも深く結びついています。
大学を卒業して25年以上が経ちますが、ゼミナール(ゼミ)の先生と今も連絡をとらせてもらっていることもありがたいことです。食事をご一緒したり近況を報告したり、ときに悩みを相談させていただいたりしていて、素敵な恩師に恵まれたことにも感謝しています。

これからも「新たな発見」を視聴者と分かち合いたい

念願だったマスコミの仕事に就いたものの、若い頃には理想の自分に近づけず悩んだ時期もありました。当時は、働く女性が今より少なかったこともあり、若い女性というだけで取材先から驚かれることもありました。なので、早く一人前になりたいとずっと思っていました。自分なりに目標をもって頑張っていましたが、全てが思い通りにいくわけでもなく、落ち込むことも多々ありました。そんなある時、先輩から「なりたい小野さんも大切だけど、今の小野さんの良いところも大切にしてみたら」と言われ、肩の力がすっと抜けました。それからは変なこだわりを捨て、幅広い仕事に興味をもって挑戦するようになりました。今までの自分にはなかった価値観にふれ、視野が格段に広がっていきました。多くの出会いに恵まれ、助けてもらいながらここまでやってきたのです。その恩返しの意味もあり、私も微力ながら誰かの役に立てるような存在でありたいと願うようになりました。

中国・少数民族の文化を取材した時の様子

20代、30代の頃には、50代、60代になればあたふたせずに生きられるようになるだろうと思っていました。しかし、年齢を重ねた今、人はいくつになっても悩みながら生きているのだと実感します。どう生きたいのか、自らに問いかけながら一歩ずつ進むしかないのです。人生に近道はありません。
今、心から仕事が楽しいと感じています。福祉の分野に限ってみても、世の中には未知なことがまだたくさんあり、番組制作現場は発見に満ちています。今はろう者・難聴者の皆さんと一緒に番組を作る機会が多いのですが、文化や価値観の違いに刺激を受けたり、お互いに学びあったりする時間は本当に楽しいものです。手話という言語もとても魅力的です。今後もたくさんの気づきや発見を、番組を通してより多くの方と分かち合えればうれしく思います。

※登場する人物の在籍年次や役職、活動内容等は取材時(2021年度)のものです。

卒業した学部

文学部 日本文学科

青山学院大学の文学部は、歴史・思想・言葉を基盤として、国際性豊かな5学科の専門性に立脚した学びを追究します。人間が生み出してきた多種多様な知の営みにふれ、理解を深めることで、幅広い見識と知恵を育みます。「人文知」体験によって教養、知性、感受性、表現力を磨き、自らの未来を拓く「軸」を形成します。
日本文学科では、文学と語学、日本語教育という多彩な研究対象を擁し、実践的なカリキュラムを揃えています。日本文学科における学びの本質は、過去から現在に至る日本語で書かれたテクストを対象とすることで、テクストの向こう側にいる〈他者〉と対話する技術を学ぶところにあります。〈他者〉の目を通して今一度自分自身という存在について見つめ直し、国際社会に通用する深い洞察力を養います。

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*掲載されている人物の在籍年次や役職、活動内容等は、特記事項があるものを除き、原則取材時のものです。

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