「行動を起こすこと」
サルトルから学び世界の諸問題を取材する記者に

掲載日 2022/6/7
No.155
日本放送協会(NHK) 国際放送局 国際企画部 企画・戦略グループ
(総務局 環境経営タスクフォース メンバー)
文学部 フランス文学科卒業
西川 光子

OVERTURE

グローバルな活躍を目指し、在学中は文学部フランス文学科で学んだ西川さん。本学で出会ったフランスの哲学者 サルトルの「アンガージュマン」という概念に大きな影響を受け、NHKの記者として世界各地で開発、貧困、環境問題など意欲的に取材を行ってきました。

記者として見つめてきた世界の諸問題

全世界に向けてニュースや番組を多言語で発信しているNHKの国際放送「NHK ワールド JAPAN」で、英語ニュースの記者を昨年の夏まで10年あまり続けていました。現在は世界の視聴者動向を調査・分析して、その結果を放送に生かす「国際企画部 企画・戦略グループ」に在籍し、NHK ワールド JAPANの広報担当も務めています。またNHK全体の二酸化炭素排出量を減らすための経営戦略を練る「環境経営タスクフォース」という局内公募プロジェクトのメンバーとして、国内外の環境に関する先進事例の調査なども行っています。

記者時代には開発、貧困、環境問題などに関心を寄せて世界各地で取材を行い、さまざまな経験を積んできました。中でもバングラデシュに赴き、巨大サイクロンの被災地を取材した時のことは特に印象に残っています。そこは地球温暖化による海面上昇の深刻な被害を受けている低地の川沿いで、住民たちはサイクロンで家を失ってはまた粗末な小屋を作り直すということを繰り返していました。住居が定まらないので経済水準も上げようがなく、被災のたびに生活の基盤や大切な家族まで奪われる悪循環の中で生きることを余儀なくされていたのです。先進国が加速させた気候変動のしわ寄せを受ける人々の姿を目の当たりにして、この現状をどうにかしたいという一心で取材にあたりました。

行動の大切さを教えてくれたサルトルの「アンガージュマン」

母が英語塾を経営し、小学校に上がる前から年の離れた姉と洋楽を聴いて過ごすという環境で育ったので、海外や外国語への関心は自然と養われたように思います。職業意識が高く、国際志向も強い母の影響は特に大きく、成長するにつれて私も将来は国際的な活躍を望むようになりました。高校3年生で将来について真剣に考えた時期に、明確な答えは出ないながらも英語以外にもうひとつ言語を習得しようと考え、国連公用語でもあるフランス語を身に付けたいと考えました。進学先を青山学院大学に決めた理由は、伝統的に語学教育に定評があったためです。

在学当時は旧ユーゴスラビア諸国で内戦が起きるなど、民族や宗教の違いに端を発した人道危機が深刻さを増していたので、「民族問題」の授業では毎時間細かくノートを取りながら受講した記憶があります。また「キリスト教概論」は神について初めて学問として考えるきっかけとなり、海外での民族や宗教観理解への一助にもなりました。

ゼミナール(ゼミ)では石崎晴己先生に師事して、フランスの哲学者サルトルについて学び、「アンガージュマン“engagement”」という概念に特に刺激を受けました。宗主国フランスからの独立を求めて勃発したアルジェリア戦争では、植民地主義への批判がフランス国内で多く上がりました。その筆頭にいた人物がサルトルでした。彼は文章を書くだけではなく、植民地主義による搾取や人権侵害に異を唱え、アルジェリアに平和をもたらすべく積極的に声を上げ、行動を起こしていました。

「アンガージュマン」とは、主体性をもって自ら選択して行動し、社会に積極的に参画していくという意味だと私は捉えています。今でもこの考え方は大切にしており、仕事で文章を書くだけではなく、週末にボランティアをするなど行動に移すことを意識しています。社会のためにできることを考え、勉強し、その知識を世の中に還元すべく行動に移すという一連の流れは、青山学院が大切にしている「サーバント・リーダー*」の精神にもつながるのではないでしょうか。

* 自分の使命を見出して進んで人と社会とに仕え、その生き方が導きとなる人。

交換留学でフランスへ 大学院進学でアメリカへ

フランス語の上達には留学が必須だと思い、早い段階から交換留学制度への応募を考えていました。念願がかない、3年次にフランシュコンテ大学に留学し、付属の応用言語学センターで主にフランス語を習得しました。ヨーロッパについてほとんど何も知らなかった私にとって、大学での授業も日々の暮らしも全てが驚きの連続で、当時のことは今でも鮮明に思い出されます。
留学中はホームステイをして、家でもずっとフランス語に触れていたおかげで語学力は上達し、休暇中にはバックパッカーとして近隣の国や東欧まで足を伸ばして国々の違いを肌で感じました。西側諸国から東側へと移動する際には厳重に武装した国境警備隊員から質問を受けるなど、現実の厳しさをまざまざと思い知らされるような出来事もありましたが、若いうちに貴重な経験をたくさん積めて本当に良かったと感じています。

大学4年生の頃には国連などで働く国際公務員という仕事に関心があったので、卒業後はアメリカの大学院に留学しました。ここでは政策分析、公共経済学、非政府組織の経営学や外交交渉術など「公共」についてあらゆる角度から勉強し、公共経営修士号を取得しました。
語学力を鍛えるにはどうしたら良いのかという質問を受けることがありますが、大切なのはコミュニケーション能力、さらに言えば誰かと何かをシェアしたいという気持ちではないでしょうか。私もフランスでは必死になってネイティブスピーカーの方の早口な話を聞き、懸命に話していましたが、根底には相手と何かを分かち合いたいという思いがあり、その強い気持ちがモチベーションとなって語学力を高めてくれたのだと考えています。

チャンスをつかむためには、まず一歩を踏み出す

大学院の最終学年にはメディアの道にひかれ、マスコミの試験スケジュールに合わせて1学期のあいだ大学院を休み、日本に帰国して就職活動をしました。初任地のNHK和歌山放送局で記者としてキャリアをスタートさせ、2日目にして殺人事件の現場検証に関する取材に出向き、人の生死を日々身近に感じる仕事なのだと大きな責任を負わされたように感じました。あれから仕事のジャンルは変遷しましたが、当時抱いた緊張感は今も大切にしています。

今後の展望としては、日本と世界をつなぎ、諸問題の解決に貢献できるよう、情報を発信していきたいという思いを強く持っています。一方でメディアが多様化し、選択肢がどんどん増えていくこの時代に、自分が仕事として発信した情報が世の中にどれだけ伝わっているのかという不安を感じる時も少なくありません。だからこそ「確かに届いている」と実感できる瞬間は、非常にうれしく感じるものです。業界の変化は激しく、仕事の内容も困難な面が多いですが、後輩のみなさんの中にメディアを志す方がいるなら大歓迎ですし、ぜひともお会いしたいと願っています。

振り返れば、私の学生時代は本当に多くのことを学んだ時期でした。青山学院大学はたくさんのチャンスを用意してくれている大学ですが、それを手にできるかどうかはご自身の力にかかっています。チャンスをつかむために、まずは臆せず一歩を踏み出し、行動を起こしましょう。

西川さんの1日

  1. 10:00

    出局
    メールやスケジュールの確認、環境経営の会議や調査など

  2. 12:00

    昼休み

  3. 13:00

    国際放送局の調査・分析、会議、問い合わせ対応など

  4. 19:00

    退局

卒業した学部

フランス文学科

青山学院大学の文学部は、歴史・思想・言葉を基盤として、国際性豊かな5学科の専門性に立脚した学びを追究します。人間が生み出してきた多種多様な知の営みにふれ、理解を深めることで、幅広い見識と知恵を育みます。「人文知」体験によって教養、知性、感受性、表現力を磨き、自らの未来を拓く「軸」を形成します。
フランス語は、ヨーロッパ文明を築いた美しく理性的な言語です。フランス文学科では、初学者でもしっかりとフランス語を身に付けられるよう、少人数クラスで、基礎から集中的に学びます。日本人とフランス人の教員が適材適所で授業にあたり、フランスの文学・語学・文化を幅広く取り上げ、実践的なフランス語能力の習得と柔軟な人間性の涵養を目指します。

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