青山学院大学への交換留学:起業、大切な出会い、そして『萬葉集』英訳で発見した言語観

掲載日 2023/9/20
No.260
株式会社IU-Connect代表取締役
2013年~2014年 アメリカ・ワシントン大学からの交換留学生
アーサー・ゼテス
Arthur Zetes

OVERTURE

日本で英語教育のビジネスを起業し、登録者数 31.1万人(2023年9月時点)の英会話YouTubeチャンネル「IU-Connect」を運営しているアーサー・ゼテスさんは、2013年から1年間、アメリカのワシントン大学からの交換留学生として青学で学んだ校友です。留学中に持ち前の「冒険者の心」で、日本文学科の専門科目に飛び込んで、『萬葉集』の英訳プロジェクトに挑戦した体験をはじめ、青学で「日本」を学んだ経験がその後の人生に与えた影響について、流ちょうな日本語で語っていただきました。

青山学院大学への交換留学を契機に起業、留学生と経営者とを両立

11歳の時、友達に教えられるまで、僕が熱中していたポケモンやドラゴンボールが日本の漫画・アニメだと知らなかったのですが、それをきっかけに日本に興味を持ちました。漫画家になりたいと思って、日本人留学生から日本語の個人レッスンを受け始めたのは13歳の時です。だんだん漫画を描くことより、浮世絵や木版画といった日本のスピリットが反映されている伝統的な美術に興味が移り、もっと日本語を勉強したくなって、毎年たくさんの日本人留学生が来るワシントン大学に進みました。

ワシントン大学では、貧困に苦しむ人々のために、持続可能な生活に希望をもたらすためのプロジェクトを立ち上げて活動していましたが、2013年、青山学院大学への交換留学が決まって、世界中どこにいても自由に仕事ができるよう、英語教育の会社を起業しました。僕もアメリカでは、日本人が英語を学ぶように、文法と単語から日本語の勉強を始めたけれど、ホームステイで初来日した時に日本人に直面したら、「頭が真っ白になって言葉が出てこない!読み書きはできても会話はムリ!」という辛い状況を経験しました。留学して日本人に英会話を教えているうちに、日本の英語学習業界を変えたいという思いから、英語を通じて笑顔になれる、言語で世界を繋ぐ、世界中の人と仲良くなり、人生が豊かになるサポートをするためにIU-Connectを起業しました。

アーサーさんの英語教育の信念は、イメージや本質を相手に伝えるコミュニケーション能力を育むこと

青学では留学生でもあり、経営者でもありました。YouTube動画の第1号は、青学にいた時に撮ったんですよ。仕事に力を入れすぎて授業に何回か遅れてしまって、先生に「アーサー、仕事より授業を優先してください」って言われたこともありましたね(笑)。留学を終えた2014年に、1年半ほどアメリカに戻ったのですが、青学で出会った日本人の女性と結婚するタイミングで、東京に拠点を移しました。実際に使える英語力を身に付けて世界に飛び出すというコンセプトで、英語をツールとして使って世界の人々とつながる「コネクター」育成を目的とした会社を経営しています。「人の助けになること」という価値観は、留学前にスタートさせたプロジェクトから変わらずに共通です。現在は、教育学習の著書執筆や、YouTube配信、オンラインサロンでの英語コーチング、Podcast 配信が主な事業です。

青学で出会った奥様の菜摘さんは英米文学科出身

「日本人学生と同じ授業を受けられる」で選んだ青山学院大学

留学先に青学を選んだ一番の理由は、日本人の学生と同じ授業が取れる大学だったからです。ワシントン大学から日本に交換留学できる大学では、留学生専用のコースが決まっていたり、受けられる授業が限られていたりすることが多かった。でも、青学の交換留学プログラムには柔軟性があって、留学生限定ではない授業も取れたから、興味のある授業を好きなだけ選ぶことができたんです。「日本人と同じ授業を受けられること」を留学先の条件にしていた僕には、その自由度の高さが大きな魅力でした。学生生活と仕事を両立させることができたのも、青学のカリキュラムの柔軟性のおかげです。

もちろん、日本語で受けた授業の中には難しかったものもあって、今でも覚えているのが、「日本思想史概論」という授業です。日本の仏教を、インドや東南アジアの仏教、キリスト教や神道などと比較しながら検討し、日本的思想の特色を学んでいく授業でしたが、日本人が当たり前に知っている「お地蔵さま」「ほとけさま」といった言葉が僕には分からなかったし、専門用語や漢字も多くて、最初の頃は正直、ほとんど理解できていなかったんです。でも、自分なりに復習をしていくうちに、なんとなく分かるようになってきて、最後の授業が終わった後、勇気を出して先生に声をかけてみたんです。仏教とキリスト教は、見た目や歴史は違うけど、意外に共通点が多いのではないか、というお話をすることができて、それが今も思い出に残っています。

一生の出会いを生んだ青山学院大学

それから、青学は、留学生が東京を満喫しながら学べる立地も良いですよね。多くの外国人にとって「東京=渋谷」ですから。青山キャンパスは、渋谷スクランブル交差点、今なら渋谷スクランブルスクエアがすぐそばだし、明治神宮にも行けるし、表参道の路地裏には穴場のお店もある。大学に通って勉強するだけではなく、日本の独自性を味わえる大学だと思います。僕がいた頃は、まだ英語で受けられる授業が少なかったのですが、今はとても増えていると聞きました。留学先での学びの選択肢を最大にしたい人には、おすすめの大学です。

僕自身は冒険心が強くて、なるべく独立したかったので、日本での部屋探しも引っ越しも、大学を頼りたくなくないと思って、あえて一人で全部やりました。キャンパスでの国際交流は、なんといっても妻となる英米文学科出身の菜摘と出会ったこと。それから、国際センターで留学生のサポート活動やチューターをしていた経済学部出身の山田俊輔さんとの交流は今でも続いています。彼には、大学の近くのセンスの良い場所をたくさん紹介してもらったり、YouTubeの撮影を手伝ってもらったり。そのうちに彼も起業に興味を持ってくれて、大学を卒業した後、「アーサーに刺激をもらって僕も起業しました。サンフランシスコに引っ越しました」と連絡が来たんです。彼はアメリカ、僕は日本と、お互いに外国で起業家として頑張っている、青学はそんな出会いも与えてくれました。

留学生のサポート活動をしていた山田俊輔さんと浅草にて

『萬葉集』の翻訳で気づいた「言葉の持つイメージと思いを伝える」大切さ

青学でのとても大きなチャレンジは、小松靖彦先生の「日本文学演習」の授業に参加して、『萬葉集』の英訳に取り組んだことですね。小松先生から留学生たちに「協力してほしい」と声がかかった時は、『萬葉集』は「だいぶ昔の詩」くらいの知識しかなかったし、英訳するなんて難しそうで、自分には無理なんじゃないかなと思った。でも、アメリカで言語学と日本語学を専攻していた僕としては、「日本文学にも挑戦してみよう!」という気持ちで参加することを決めました。単位を取ることを重視すると経験が浅くなってしまうと思ったので、単位よりも「意味のあることに挑戦する」ことを大事にしていました。

初めて授業に出て、小松先生から「これは英語でどう言ったらいいですか?」と聞かれた時は、やっぱりかなり戸惑いました。『萬葉集』は、日本人でも分かりづらい文章だと思いますが、とても難しかった。はじめのうちは、単語一つ一つを正確に翻訳して文章を作っていましたが、分かりにくいことや難しいことを翻訳しようとすると、どうしても直訳になりがち。でも、直訳だと何かが違う。「意味は伝わるけどイメージや気持ちが伝わらないんだ!」と気づいて、緩やかな翻訳の方法を考え始めました。それは、単語ごとの翻訳に焦点を当てるのではなく、イメージに集中して本質を表現する翻訳のやり方です。毎回毎回、内容がすごく刺激的なので、一度も休まずに授業に参加して、英訳を作りました。

イメージと本質へのフォーカスから生まれる英語学習と『萬葉集』英訳の共通点

英語も日本語も、コミュニケーションのツールです。コミュニケーションとは、相手にメッセージを伝え、相手からもメッセージを受け取り、理解すること、他の人とイメージ・思考・感情を共有するためのものですよね。単語を暗記したり直訳したりすることではなく、言葉の考え方や感じ方をありのまま受け取ることです。それは、日本語を使う目的と同じです。
実は、日本人が英語を学ぶ時も、『萬葉集』の翻訳と同じように「単語ごとの翻訳に焦点を当てるのではなく、イメージや本質に集中すること」がとても重要です。僕のレッスン動画では、毎回のように「英語は、日本語を英語の言葉に変換するのではなく、イメージを伝えることが重要」と言っています。小松先生の授業での発見は、もうすっかり僕の潜在意識に入り込んで、僕自身の一部になっているんです。

僕たちは、表面上、「英語」「日本語」といった異なる言語を使って表現をしていますが、内面ではみんな同じく願望や欲望を持っています。根本的には、みんな同じ人間です。生徒たちがイメージを伝えるコミュニケーションを身に付けて、そんな実感を持てるよう願っています。そして、多くの生徒が世界中の人たちとつながり、日本の素晴らしさを伝えてくれるコネクターになってくれるよう、これからも頑張っていきます。

小松教授とアーサーさんの対談
Message

文学部 日本文学科 教授
国際センター 所長
小松 靖彦

アーサーさんと共に発見した世界の人々に拓かれた『萬葉集』の読み方

アーサーさんが2013年度に参加してくれた私の「日本文学演習[7]」は、日本文学科の学生のみが履修する専門科目です。当時は、外国人によって英訳された「やまと歌」を読み、また学生たちが自分自身の「英訳」を試みる中で、『萬葉集』のことばの魅力を探究し、日本文学・文化を捉え直して新しい視点を手に入れる、そんな目標を掲げて授業を展開していました。ですので、留学生がゲスト生のような形で自主的に授業に参加してくれることは、日本文学科の学生たちにも有意義な授業になると確信しました。学内の留学生たちに声をかけた結果、唯一、手を挙げてくれたのがアーサーさんでした。

アーサーさんには、日本人の履修生と同じように、毎週一首ずつ英訳を作ってもらいましたが、彼はとても理解が深く、私が出した訳に「それは違います」とはっきり言ってくれることもありました。
アーサーさんは、私の授業でイメージを重視して翻訳することを学んだ、と言ってくれていますが、それはむしろ、私が彼に教えられたことです。それまでは、外国人が読んで分かりにくい部分、たとえば、日本語特有のあいまいで緩やかな表現に対して、説明的に英訳を作ろうと考えていました。彼が言うところの「直訳」に、さらに説明を付け加えたような翻訳です。ところが、アーサーさんに相談すると、「いや、説明しなくても理解できますよ」という返事が返ってきました。十分にその心は伝わる、それは日本人にしか分からないものではなく、人間とは何か、人間が生きるとは何か、を問いかけた普遍的な文学として、世界の人々に拓かれたものが『萬葉集』である、という発見です。

それからは、私も説明をそぎ落としてイメージを伝えることに集中するようになり、英訳がぐっと短くなりました。アーサーさんは、ゲスト生でもあり、先生のような存在でもあったと思います。以前から『萬葉集』の英訳をアーサーさんと一緒に作りたいと考えていて、歌はもう選んであります。今後、ぜひそれを実現させたいですね。

『萬葉集』アーサーさんによる英訳

瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食(は)めば まして偲(しの)はゆ いづくより 来たりしものそ まなかひに もとなかかりて 安眠(やすい)しなさぬ (山上憶良、萬葉集巻5・802)

〔(小松先生訳)瓜を食べると子どもらのことが自然と思われる。栗を食べるとなおさら思いやられる。いったいどのような縁で生まれてきたのか。目の前にむやみにちらついて安らかに眠らせてくれない。〕

▼10年前のアーサーさん英訳

Eating melons
The children come to mind
Eating chestnuts
The longing is even stronger
Where do they come from
Their images, haunting
Keeping their father from slumber

アーサーさん

小松先生!この歌を選んでくださったのですね、嬉しいです。授業で特に印象に残った歌で、それを選んでくださるとは驚きました。しかし、今読み返すと、ちょっと不満の残る翻訳ですね(笑)。今ならこんなふうに訳します。

If I eat melons,
I think of my children.

If I eat chestnuts,
I long for them even more.

Where did they come from?
Their images flashing here and there

Keeping me from sleep

僕はいつも二人の息子のことを思っています。子どもの世話は本当に大変で、今の僕には、山上憶良が感じたことが痛いほどよく分かります。子どもたちをかわいがって、いつも目と心に彼らをとどめておくのは当然ですが、息つく暇さえないこともあります。それでも僕にはこれ以外の生活は考えられません。子どもたちに寄り添いながら、面倒を見て、成長を見守ることは、僕にとって最高の喜びです。

小松先生の講評

この歌は、有名な「銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も なにせむに 優(まさ)れる宝 子(こ)に及かめやも」(萬葉集巻5・803)とセットになった長歌です。短歌は、仏教でいう宝である銀・金・宝石よりも、この世に生きる、有限で小さな存在でしかない人間にとって大切なのは子どもであると断言しています。なぜこう断言できるか、その説明になっているのが長歌です。
長歌は子どもを思うことが、いかに自然な心の動きであるかを、繰り返しのリズムに乗せて歌っています。
アーサーさんの訳は10年前の訳も今も訳も、この「心のリズム」をたくみに捉えています。ただし、10年前の第1句から第4句の訳は、子どもや切望が主語で、受け身的に子どもを思う心の動きを表現していました(このほうが原文に即していて直訳的です)。しかし、今の訳ではIを主語にして、能動的に自分の思いを中心に訳しています。また、「まなかひに もとなかかりて」の訳flashing here and thereからも、子どもの姿が生き生きとここそこに浮かび上がってきます。父となったアーサーさんの子どもへの思いが伝わってくる、力強い訳となっています。ぜひ声に出して味わってほしい英訳です。

※各科目のリンク先「講義内容詳細」は2013年度のものです。

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国際センターは、大学の国際化に関わる教育支援と国際人育成をサポートしていきます。主な業務は、海外協定校・認定校への「留学生派遣」と、海外協定校からの「留学生の受入れ」、私費留学生のサポート、そしてそれらの学生向けの奨学金業務、夏期春期に行われる短期語学・文化研修などのプログラムの企画・運営等を担います。各国の多様な文化や慣習および学生の異なる価値観を尊重しながら、海外大学と本学との連携をさらに強化・拡充していきます。

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