青学で触れた
「物の理」
専門性を生かして
真実を伝える記者に

掲載日 2022/8/2
No.168
株式会社日経サイエンス 代表取締役社長
理工学部 物理学科卒業
竹下 敦宣

OVERTURE

物の理(ことわり)を知ることに興味を持って物理学科で学び、超伝導の研究に打ち込んだ竹下敦宣さん。卒業後は日本経済新聞社の記者として、科学技術をはじめ、日本の諸問題の報道に幅広く携わり、真実を伝えることを追求し続けてきました。現在は系列の科学専門雑誌「日経サイエンス」を発行する会社の社長を務めています。

世の中の「本当の仕組み」を知ることができる記者の仕事

理工学部物理学科を卒業後、日本経済新聞社に入社しました。私が入社した1990年代には科学記者採用の枠があり、最初は東京本社科学技術部に配属され、研究者、医師、行政の職員など、多方面の専門家に取材し、知識と経験を積み重ねました。
科学専門の記者だったわけではありません。大手金融機関の合併が相次ぐ日本経済の転換期には経済部に所属していました。国政選挙の報道に携わったこともあります。社内制度を使って1年間、アメリカのポートランド州立大学で技術経営を学ぶ機会にも恵まれました。長男はこの留学中、アメリカ同時多発テロが起きた前日に生まれました。

アメリカのポートランド州立大学留学時に、家族と

東日本大震災後には、福島支局長として津波と原発事故による被害を目の当たりにしながら数々の取材をしました。この時の経験は、今も私に大きな影響をもたらしています。
長年記者として働いてきて、この仕事の醍醐味は、世の中の本当の仕組みを知ることができる点にあると感じています。人は本音や真実を簡単には話してくれないものです。もちろん新聞記者にも簡単には話してくれませんが、粘り強く話を聞く機会を持ち、同じ問題を異なる立場の人に複数の取材をすることで、真実は少しずつ見えてきます。

今はインターネットで容易く情報を手に入れることができますが、デマ情報やフェイクニュース、プロパガンダが横行し、かえって真実は見えづらくなっています。ネットの手軽さのあまり、読者の新聞離れが進み、真面目にコツコツと情報を追い真実を伝える新聞が信用されない風潮もあり、記者として憤りや悔しさも感じます。それでも、丁寧に真実を探り、それを人々に伝えることを愚直に追求していくことがジャーナリストの使命です。

人生に大きな影響を与えた研究活動とクラブ活動

子どもの頃から算数や数学、理科が得意科目で、物理学を専攻する芽は小学生の頃からあったと思います。新聞記者になったのも小学校6年生の頃の体験がきっかけになっています。逓信総合博物館の当時最先端のコンピューター占いで、将来適している職業が「ジャーナリスト」という結果が出てきたのです。ジャーナリストの意味がわからず、母にどんな職業かと聞いたくらいで、その時にはピンとこなかったものの、ずっと記憶に残っていました。
高校の進路選択でも自然と理系を選びましたが、物理を学ぼうと考えたのは、1980年代後半、理数系の学問では物理分野が特に隆盛で、サイエンスの王道というイメージがあったこと、そして文字通り、物の理(ことわり)を知る学問に魅力を感じたことが理由です。
2年次に受講した「力学」で、秋光純先生からお褒めの言葉をいただいて先生のお人柄に惹かれ、4年次から秋光研究室に所属しました。秋光先生は超伝導研究の第一人者です。超伝導とは、ある種の物質を非常に低い温度に冷却すると電気抵抗がゼロになる現象のことを指します。この現象を室温で起こすことができれば、送電時の電気抵抗によるエネルギーロスを大幅に減らし、エネルギーの諸問題を解決に導く技術となります。世界中で超伝導物質の発見競争が繰り広げられていた頃です。私を含め研究室の学部生は、世紀の大発見をすればノーベル賞も夢ではないと、金属やセラミックスを「砕いて混ぜて高温で溶かして合成する」を繰り返し、超伝導物質を探す毎日で、活気ある充実した1年間を過ごしました。

「ジャーナリストに向いている」と結果の出たコンピューター占いがあった逓信総合博物館にて

就職の面接では、「超伝導を研究している」と話すと面接官の反応がよく、研究成果について食い入るように聞いてくれました。就職後も、科学関連の取材では、「秋光研究室の出身」と自己紹介すると、相手に「信用に足る」と思ってもらえることも度々あり、研究室の経験には人生のさまざまな場面で助けられています。

中学からクラブ活動で卓球に励んだ私は、大学でも卓球部に所属し、当時理工学部の学生が学んでいた世田谷キャンパスから、週に2回、青山キャンパスでの練習に通っていました。学部や研究室で日本各地から集った学生と知り合ったことに加え、部活動を通して他学部の学生とも深い交流ができたことは、東京育ちの理系人間だった私の視野を大きく広げてくれたと思います。多様な人と知り合えることは、総合大学の大きな魅力です。また、部活動で先輩や卒業生と接する機会が多かった経験は、就職面接や就職後の社内コミュニケーションにも役立ちました。

卓球部の合宿で、お面をかぶった友人と

社員の立場に立ち、共感できるリーダーとして

現在は、科学雑誌「日経サイエンス」を発行する株式会社日経サイエンスの社長を務めています。会社の方針や戦略、売り上げ向上の方法など、はじめての課題に取り組む日々はとても新鮮です。
社員が楽しく働ける環境づくりには、特に気を配っています。学生時代、秋光先生は、学生一人一人の知識や能力に合わせて会話をしてくださいました。その上で過小評価も過大評価もない客観的なアドバイスがあり、素直に受け入れることができたことをよく覚えています。そのような秋光先生の姿やマネジメントに関する書物を参考に、私なりの方法を模索中ですが、心がけているのは「共感型」マネジメントです。以前は「教官型」マネジメントが一般的で、リーダーが上から叱咤して先導する形が多かったと思いますが、今はリーダーがメンバー一人一人に目線を合わせて信頼関係を築く「共感型」がより成果が出るといわれています。社員一人一人の立場に立ち、成長や自己実現を支援していきたいと考えています。

また、マネジメントだけでなく、今までの記者としてのキャリアを生かして、現在も取材や執筆の仕事をできる限り続けています。特に、日本の根幹を担うエネルギー問題、温暖化問題は、ライフワークとしてずっと追い続けたいテーマです。その中では、東日本大震災後の福島での取材経験が生かされていくと思います。

真実を知ることが難しい時代だからこその努力を

今後は、雑誌の売り上げアップとともに、ネットやイベントを通し、科学に興味のある人のコミュニティをつくることも目標にしています。高校生を対象に、大学の研究や企業の活動を伝える出前授業などにも取り組んでいます。
科学なくしては私たちの生活は成り立ちません。しかし、理解の難しい科学知識を人々に正しく届けることはとてもハードルの高いことです。感染症、戦争、食糧危機、何かひとつがホットトピックになると急にその情報に人が押し寄せる、そんな図式がお馴染みになっていますが、科学者たちは各テーマにおいてずっと前から警鐘を鳴らし、「日経サイエンス」ではそれを取り上げてもきました。科学を扱う雑誌として、真実を伝えるための試行錯誤を今後も続けていきます。

真実を知ることが難しい時代において、学生の皆さんは、簡単に手に入るネットの情報だけで判断せず、本や新聞を読み、多くの人と会って話して視野を広げ、世の中を多角的に捉えてください。
大学は「Crossroad」、いろいろな国、地域から、さまざまな経験とバックグラウンドを持つ人が集まり、またいろいろな場所に移っていく活力ある「交差点」です。そして大学生という「肩書き」に対して、多くの人は温かく、快く何かを教えてくれたり、協力してくれたりするものです。この貴重な場所で有意義な時間を過ごしてください。

卒業した学部

理工学部 物理学科(現・物理科学科)

青山学院大学の理工学部は、数学、物理、化学といったサイエンスと、テクノロジーの基礎から最先端を学ぶ環境を整備しています。国際レベルの研究に取り組む教員のもと、最新設備を駆使した実験、演習、研究活動の場を提供するとともに、独自の英語教育を全7学科統一で実施。未来志向のカリキュラムにより、一人一人の夢と可能性を大きく広げます。
物理学はシンプルな根源原理を理解することによって、幅広い科学分野に応用できる学問です。物理科学科では基礎物理学をはじめ、固体、宇宙、生物といった対象が絞られた分野、さらには超伝導、ナノテクノロジーなどの最先端応用分野まで、さまざまな階層・スケールサイズの物理学をカバーします。充実した設備環境での実験・演習形式の授業により、理解を深め実践力を高めます。

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