生命科学の視点で
皮膚科学を重視した
化粧品開発に携わる

掲載日 2022/11/7
No.193
全薬工業株式会社
理工学部 化学・生命科学科卒業
理工学研究科 理工学専攻
生命科学コース 博士前期課程修了
天野 香織

OVERTURE

高校生の頃から化粧品や医薬品の開発に憧れ、理工学部化学・生命科学科および理工学研究科理工学専攻博士前期課程で学んだ天野香織さんは、大学院修了後、長年の夢を叶え、全薬工業株式会社でスキンケア化粧品の開発に携わっています。現在の仕事内容や、学生時代の研究について、お話を伺いました。

製品の企画から完成後の販売促進支援まで、仕事は多岐にわたる

全薬工業株式会社で化粧品の開発業務に従事しています。主に担当しているのはスキンケア化粧品「アルージェ」というブランドで、新製品の開発や、お客様の声に応えて既存の製品をより良いものにするためのブランド育成を行っています。
よく「研究・開発」とひとくくりにされますが、当社では研究と開発では、仕事内容が大きく異なります。研究部門が実際に自分の手を動かして製品となるものを作るのに対し、開発部門では、新しく作る製品を企画し、形にできるよう関連部署と連携しながら動きます。開発がスタートしたら、製品名やパッケージデザインを決めていくことと並行し、製品に配合する成分や使用感などを研究部門と調整しながら、試作品を製作していきます。

企画する上ではまず、市場のニーズや使ってくださるお客様のご意見などを参考に、マーケティング部門や営業部門とディスカッションをして、どのようなコンセプトの製品が良いか検討します。それを元に、コンセプトに合わせた処方、成分、使用感を実現するために、研究部門や製造部門と何度も試行錯誤を重ねます。試作品ができ上がったら、安全性や有効性、安定性、薬事確認などの作業を進めていきます。販売促進のための資料も、販促部門と連携しながら作成していきます。このように、製品の企画から誕生まで様々な部署をつないで幅広く関わるので、開発担当は当社の開発の仕事を「オーケストラの指揮者のようなもの」と表現することもあります。

多様なスペシャリストが集まる開発部門

製品の種類や開発内容にもよりますが、ひとつの製品の開発には最低でも2年はかかります。当社は製薬企業であり、有効性と安全性を特に重視しています。成分を選定する際にもその点を重視していますが、できあがった試作品についても、安全性に懸念がないかを十分に確認するようにしています。そのため、研究部門と密接に連携し、やっとできたと思った試作品でも、やり直しとなってしまうこともあるのです。難しい仕事ですが、これまで世の中に存在しなかったものを考えて、それを実際に作り出すことは本当に面白く、製品が店頭に並び、口コミサイトなどで良い評判を目にした時にはやりがいを感じます。

開発職は、成分の構造や皮膚への影響も考慮しながら製品の企画を行います。研究部門との円滑な協働が必要なので、専門知識や技術力が必須の仕事です。開発部門に採用される人材は理系専攻で大学院修士以上の学歴が必要とされ、同部署の同僚には、薬学、農学、獣医学など、いろいろなバックグラウンドを持ったスペシャリストが揃っています。専門分野によって視点も少しずつ異なるので、各自の強みを生かして開発を進めており、生命科学を専攻した私は、細胞レベルの皮膚科学の視点を特に大切にしています。

酵母菌モデルの研究で専門知識と技術力を培った学生時代

高校で化粧品企業の職場見学をした際に、モノ作りの開発業務に興味を持ちました。化粧品や医薬品のほか、食品開発にも興味があり、化学、生命科学の両方を幅広く学べる青学の化学・生命科学科に進むことにしました。理工学部のある相模原キャンパスは、緑豊かで最新の研究設備が揃っていること、独自の全学共通教育システムである青山スタンダード科目が充実し、文系の学生とも交流できる総合大学であることも選んだポイントでした。
学部4年次から博士前期課程までの3年間は、阿部文快先生の分子遺伝学研究室に所属しました。開発業務に携われる技術力や知識が身に付くこと、和やかでアットホームな雰囲気の研究室や阿部先生のお人柄に惹かれたことがその理由です。阿部先生は、パンや日本酒等に使われている酵母菌をモデルに、ヒトにも通ずる生命現象の謎を解き明かす研究をされています。研究内容も面白く、阿部先生の気さくなお人柄のおかげで先輩も後輩も話しかけやすい研究室でしたから、楽しい毎日を過ごせました。

同期の仲間と現在も定期的に研究室を訪問し、阿部先生に近況報告をしている

私の修士論文の研究タイトルは「輸送活性に依存した出芽酵母トリプトファン輸送体Tat2のユビキチン分解」です。アミノ酸の一種であるトリプトファンを運ぶタンパク質「Tat2」がどのような条件により発現に影響を及ぼすのか、遺伝子編集を通じて研究をしていました。トリプトファンの輸送量は酵母の増殖速度に影響を与えるので、研究を通じて生命の根本に触れることができたと思います。私が卒業してからもこの研究は後輩たちに引き継がれ、2019年にBiochemical and Biophysical Research Communicationsという国際誌に論文掲載されたことがとても嬉しかったです(Amano et al., Hyperactive mutation occurs adjacent to the essential glutamate 286 for transport in the yeast tryptophan permease Tat2. Biochem. Biophys. Res. Commun., 509, 2019)。
研究実績は就職の採用試験でも重視され、内容を書類にまとめて提出することが必要でした。面接で、さらに詳しく内容を説明した時には面接官から「とても面白い内容で、研究結果が楽しみですね」と言われました。もちろん、この研究自体が、今の業務に直接役立つ訳ではありませんが、細胞レベルでアミノ酸を運ぶ物質とその機構を研究したことは、皮膚細胞に化粧品の成分を届ける機構を考える上でとても良い影響があると思っています。壁にぶつかっても諦めずに取り組む力が備わったことは、常にトライアンドエラーを繰り返す現在の仕事に大きく役立っています。阿部先生の「研究はほとんどが失敗の時間。その間に次にどうしたら良いかを考えることが大切」というメッセージを、仕事をする上でも大切にしています。

幅広い活動に挑戦し、人とのつながりを大切にしてほしい

研究室の同期は、今も定期的に集まる親しい仲間です。一緒に研究室に遊びに行って、阿部先生をはじめ、研究を続けていらっしゃるお世話になった先輩と、近況報告や思い出話で楽しい時間を過ごすこともあります。同期には私と同じように製薬、化学、食品などの専門領域で活躍する人が多く、それぞれの仕事の話も刺激になっています。学部・大学院を通じてできた友人は一生の宝物です。学部時代にマネージャーとして活動した理工ラグビー部(現在休部中)のメンバーとの関係もずっと続いています。
部活動のほか、飲食店でアルバイトもしていましたが、自分でお金を稼ぐことの大変さを知って、社会に出る心構えができました。開発業務は、多数の人と関わり相手の立場に立ってコミュニケーションをとることが大切ですが、課外活動で様々な人と関わった経験は仕事にも生きています。学生の皆さんには、勉学はもちろん、その他のいろいろな活動にも挑戦して多くの人と交流し、できたつながりを大切にしてほしいと思います。

また、化粧品に関わっていると、使用する成分もトレンドもグローバルな業界だと日々実感します。最先端の情報を得て、より良い製品作りをしていくためには、英語力も欠かせません。学生時代にもっと英語力を高めておけば良かったと思うことが増えています。どのような仕事に就いたとしても、英語でコミュニケーションをとったり、情報を得たりする機会はますます増えるでしょう。専門性とともに英語力を向上させることをおすすめします。
大学時代の経験や人とのつながりは、その先の長い人生に大きな影響を与えます。ぜひ多くのことを経験し、多様な考え方を知ってください。社会に出てからもずっと、大切な財産になると思います。

天野さんの1日

  1. 8:30

    始業、課内朝礼、メールチェック

  2. 9:30

    他部署と打ち合わせ

  3. 11:00

    試作品評価

  4. 12:00-12:45

    お昼休み

  5. 13:00

    原料メーカーなど取引先と面談

  6. 14:00

    チーム打ち合わせ

  7. 15:00-15:15

    休み時間

  8. 15:30

    デスクワーク

  9. 17:30

    終業

卒業した学部

理工学部 化学・生命科学科

青山学院大学の理工学部は、物理、化学、生命科学といったサイエンスと、テクノロジーの基礎から最先端を学ぶ環境を整備しています。国際レベルの研究に取り組む教員のもと、最新設備を駆使した実験、演習、研究活動の場を提供するとともに、独自の英語教育を全7学科統一で実施。未来志向のカリキュラムにより、一人一人の夢と可能性を大きく広げます。
「化学」とは、物質の本質とその可能性を分子レベルから探究する学問です。それを基盤として、生命現象の本質を分子の性質とその相互作用に基づいて理解を深めていくのが「生命科学」。化学・生命科学科では、環境、生命、資源、情報をキーワードに多様な選択科目群を配置しています。有機EL照明をはじめとする工業化学や遺伝子関連のバイオテクノロジーなど、最新分野にアプローチできます。

VIEW DETAIL

バックナンバー

*掲載されている人物の在籍年次や役職、活動内容等は、特記事項があるものを除き、原則取材時のものです。

学部選択

分野選択