留学と海外インターンシップで得た積極性と多様な視点で、グローバルな活躍を目指す

OVERTURE
高校時代のセブ島でのボランティア経験から途上国支援・国際問題に興味を持ち、国際政治経済学部で学ぶ赤尾日菜さん。グローバルに活躍できることを目指して参加したアメリカでの協定校留学と海外インターンシップでは、英語力はもちろん、持ち前の積極性にも磨きをかけました。アメリカの異なる都市での留学経験と就業体験、帰国後の成長についてお話しいただきました。
セブ島でのボランティア体験で導かれた国際政治経済学部での学びとアメリカ留学
子どもの頃から英語に対して苦手意識を感じることがなく、好きで得意だったこともあって、高校2年生の夏休み、自分の意思でフィリピンのセブ島で地域開発ボランティアに参加しました。学校に行けない、家がないといった過酷なスラム街に暮らす貧困層の子どもたちに、勉強を教えたり食糧支援をしたりする活動をしましたが、子どもたちが将来の希望や夢をたくさん語ってくれる姿に触れて、支援に行った私が逆に子どもたちから勇気や元気を与えられ、大きく自分の価値観が変わった1週間のボランティア体験でした。それを機に、国際問題への関心が高まり、将来、何らかの形で発展途上国支援に関われる人材になりたいという目標を持つようになりました。英語で行われる授業が多く、英語力を本格的に伸ばしていける大学に進学しようと考え、国際政治経済学部 国際政治学科に進学しました。
2年次に履修した「Global Studies Ⅰ[英語講義]」は、世界で起きている紛争や貧困の問題について、歴史的背景や解決に向けた道筋を英語で学ぶ授業で、特に印象に残っています。学期末に行われるグループ単位での英語プレゼンテーションに向けて、調べ物やディスカッションに力を注いだ結果、国際平和と協力の本質を理解し、平和構築の現実と課題を説明できる力が身に付いたと思います。
大学時代に留学することは入学前から考えていて、1年次の夏には留学先の検討を始めました。私の専攻である国際政治を英語で本格的に学べて、アメリカという多民族国家に自ら足を運びさまざまな人々と交流したいと考え、日本人留学生が少なく英語漬けの生活が実現できる小規模大学を探し、アメリカ中西部ミネソタ州の州都セントポールにあるハムライン大学を選びました。
ミネアポリス・セントポール都市圏で英語力と積極性を磨き、新たな問題意識と視座を身に付ける
2年次の8月に渡米し1年間の留学生活が始まりました。この年、ハムライン大学の日本人留学生は私一人だけ、日本語を一切使うことがない環境の中で、1週間後にはスピーキング力が上がったことを感じました。
アメリカでは学生が自分の意見を持ち、授業中のディスカッションも活発に行う、その積極性には心を動かされました。私は積極的な性格ですが、アメリカでは日本にいるとき以上に能動的に行動すること、毎日どの授業でも必ず発言するルールを自分に課しました。発言によって授業全体の議論の質を高めることへの貢献は成績としても評価されますし、それ以上に私自身の授業の理解が深まったと感じています。
日本人が私一人だったこともあり、先生や学生たちから、日本の大学で学ぶ国際政治の内容や日本での問題意識について逆に質問される場面が多くありました。青学で学んだ知識は、英語講義に限らず、あらゆることが留学中に役に立ちました。日本社会の視点や状況を伝えると、先生も学生も真剣にうなずきながら興味深く聞き入ってくれます。日本から留学した私ならではの視点を伝えたいと、授業の準備にも力が入りましたし、海外に出れば自分が日本を代表するのだという責任感も芽生えました。
春学期からの留学生も一緒に、北米最大のショッピング&エンターテイメント施設「モール・オブ・アメリカ」を訪れた(上段右端が赤尾さん)
ハムライン大学で履修した「Crime and Justice in America」は、印象深い授業のひとつです。州都セントポールと合わせて「ツインシティーズ」と呼ばれるミネアポリスは、世界に「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人への暴力に対する抗議)」運動を広げた、白人警官による黒人男性ジョージ・フロイドさん暴行死事件があった街です。私自身は人種差別を受けることはありませんでしたが、現地で生活していると街のあちこちで事件当時の、過激化した抗議デモによる破壊行為の爪痕を目の当たりにすることがあって、人種差別や司法制度について考えさせられる機会が頻繁にありました。この授業で元警察官の先生から実際の経験を聞き、人種や肌の色によって職務質問を行うかどうかや、犯罪に関わったかどうかを判断する「レイシャル・プロファイリング」に関心を持つようになりました。現在はこれを卒業論文のテーマにしたいと考えています。
冬は気温マイナス20度にもなるミネソタならではの楽しみ(右から2番目が赤尾さん)
文化的衝突を乗り越えて、多様な文化と価値観を理解し、国際問題に対する深い洞察力を身に付ける
ハムライン大学の学生寮はキャンパス内にあって、アメリカ人のルームメイトと2人部屋でした。初めは生活習慣や考え方の違いから衝突することが多くあり、私だけが我慢や譲歩をすることにも疑問を感じたので、関係改善に向けて、じっくり話し合うことを提案しました。議論は徹夜になりましたが、考え方や感じ方の背景は、国と国の文化の違いだけではなく、もっと個人的な価値観や生育環境に及ぶことがお互いに分かってきました。他者と分かり合うためには、どちらか一方が我慢や譲歩をするのではなく、また、無理に相手の考え方を変えたりはしなくとも、話し合いによって歩み寄ることができることを実感した出来事でした。
一方、必ずしも対話によって理解の溝が埋まらないという経験もしました。世界政治の授業で核兵器がテーマになった時、仲の良いアメリカ人学生が、広島と長崎の原爆投下を正当化するブラック・ジョークを言い放ったのです。日常生活で使うことはない英単語だったので、辞書をひいて、その冗談の真意が分かった瞬間、日本人として絶対に受け入れることができない、そのショックは今でも忘れられません。親しい友人から、軽い調子で投げかけられたことは二重のショックでした。たとえジョークのつもりでも、日本人が聞いたらどのような気持ちになるか、今後、日本人に対して絶対にそのジョークは言わないでほしいと、言葉の限りを尽くして説明しましたが、彼に私のショックは伝わっていないようでした。それが原因で仲違いすることはありませんでしたが、アメリカに住んでみて初めて、原爆に対する意識が日本と大きく異なることを知りました。それぞれの立場で感じ方は違う、認識の違いは対話だけでは理解し合えないこともあると肌で感じたエピソードでした。
授業後や休日は、世界中から集まる留学生たちと多くの時間を過ごしました。せっかくアメリカにいるのだから、週末や長期休暇を利用して国内旅行はできる限りたくさん行きたいと、ニューヨーク、シカゴ、マイアミ、ボストン、アリゾナなど、さまざまな都市を訪れました。誰かから旅行の提案が出たら、皆がすぐに最安プランを探し始める、そんな計画も含めて楽しい思い出がたくさんあります。日本にいる間にアルバイトで貯めたお金で、アメリカでの余暇も最大限に楽しむことができたと思っています。
私が留学した2022年は、ウクライナ戦争やアメリカの政策金利の引き上げなどが重なって円安が始まった頃です。為替情報をチェックしながら、日常生活には節約を心がける毎日でした。青学からは協定校留学者対象の留学奨励奨学金*を支給していただき、厳しい社会情勢の中で大学からのサポートがあることは心強く思いました。そして何より、この時期に海外留学をさせてくれた両親には感謝しかありません。
ニューヨーク旅行で。マンハッタン周辺でのサンセットクルーズでは自由の女神を間近に眺めた(右から2番目が赤尾さん)
さまざまな国籍の留学生との交流によって、世界にはいろいろな考え方、視点の持ち方があることを知ることができました。2人の韓国人留学生とは価値観も似ていて話しやすく親友になりましたが、価値観が似ていると感じる友人たちとも、それぞれが受けた教育によって、政治や歴史の捉え方は異なります。世界の多様な考え方に触れられたことは、国際問題や国際政治を学ぶ上で大切な視点を得られたと感じています。
マイアミ旅行で。韓国、フランス、日本、アイルランド、メキシコ。全員が異なるパスポートを持っているのが面白く記念撮影
ミネソタで「学んだ」経験をシリコンバレーで「働く」体験につなげて、さらなる成長を目指す
ミネソタ州での留学生活も残り少なくなった春、青学の学生ポータルサイトで、国際センター主催の海外インターンシップ「サンフランシスコ5週間プログラム参加者募集」のお知らせを見つけ、アメリカからオンラインで説明会に参加しました。留学後、働く経験もしてみたいと思っていたところに、大学主催という安心感、ミネソタ州とは全く環境の異なる西海岸のシリコンバレー、5週間という長すぎず短すぎずの期間、大学の夏休みを最大限利用、給付型の奨励金制度、全てが魅力的でした。
ハムライン大学での留学期間終了後は一度日本に帰国し、夏休みに再渡米して、サンフランシスコ5週間インターンシップに参加しました。派遣された組織は、日本とアメリカの架け橋としてイベントや日本語レッスンを提供する「Japan Society of Northern California(JSNC)」というNPOで、私はイベントの企画・運営、メーリングリストや広報用グラフィックの作成などWebマーケティング業務を担当しました。担当上司が、打ち合わせや企業訪問などご自身の仕事の全てに同行を許してくださったので、シリコンバレーの企業のCEOと面会する機会を得たり、海外視察で訪米された日本の国会議員の歓迎レセプションで英語での司会を任されたりと、「こんな経験はできない!」の連続でした。私のインターンの様子はJSNC の 公式YouTubeでも紹介されています。インターン中に心掛けていたのは、与えられた仕事が早く終わったら、他に私ができることがないか率先して尋ねるようにしたことです。そうしていくうちに好循環が生まれて、どんどん新しいプロジェクトに関わることができ、ここでも積極性の大切さを実感しました。
在サンフランシスコ日本国総領事館の野口泰総領事(当時)の日本帰任に際し、JSNCが開催したお別れパーティにて(右から2番目が赤尾さん)
アメリカでの留学経験と就業体験を青学での学びに生かし、将来のキャリアにつなげたい
3年次後期から青学に戻りました。私に限らず、海外留学から戻った学生は皆、海外の学生たちから受けた刺激を忘れずに、積極性が増したことを実感しています。私自身がアメリカで学び体験したことを授業中に他の学生とシェアすることによって、クラス全体の議論深化に貢献できて嬉しいと感じることもあります。また、グループワークで多種多様な意見が出たときには、留学中に多様な背景・視点を持つ学生とディスカッションを重ねた経験を生かして、周囲の意見に耳を傾けながら議論の着地点を見つけて導く力が身に付いた成長実感があります。
履修中の「アジア太平洋政治論Ⅱ」は、アジアの紛争要因を各国の視点で模擬議論し考察する授業で、グループごとに国の役目を決め、設定された状況に合わせて自国の政策を立案、他国と交渉するという内容でした。私は韓国人留学生と親しくなった経験を生かして韓国役のグループに入り、韓国の教育内容や人々の考え方について情報を共有することによって、紛争要因を多面的・多角的に捉えることに役立つことができたのではないかと思っています。
ゼミナール(ゼミ)は、現代アメリカの政治と社会をテーマにした武田興欣先生のもとで、ハムライン大学の授業で出合った「アメリカ国内の刑事司法制度におけるレイシャル・プロファイリング」の研究を深めて卒業論文を執筆する予定です。また、就職活動も並行して進めています。ビジネスを通じた途上国開発、海外出張や駐在のチャンスもあり英語を活用できる企業を軸にし、グローバルに事業展開をしている幅広い業界にアプローチしているところです。どんな企業に就職するにしても、あらゆる偏見や差別を排除した政治的に正しい態度は必ず求められると思いますので、これまでの学び・体験の全てを将来、世界を舞台に活躍する夢の実現に生かしたいと考えています。
冬休みに訪れたグランド・キャニオンで
赤尾さんの留学スケジュール
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〈1年次〉2021年夏
協定校のリストを見て留学先を検討
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〈1年次〉2021年秋
IELTS受験、留学の出願、面接
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〈1年次〉2022年1月
選考に合格し留学が決定、ビザ等の諸手続き開始
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〈2年次〉2022年8月
渡航、ハムライン大学で留学開始
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〈3年次〉2023年4月
サンフランシスコ5週間インターンシップ出願
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〈3年次〉2023年5月
留学から帰国、インターンシップに合格し、ビザ等の諸手続き開始
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〈3年次〉2023年8月
Japan Society of Northern California でのインターンシップ
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〈3年次〉2023年9月
帰国
※各科目のリンク先「講義内容詳細」は掲載年度(2023年度)のものです。
国際政治経済学部 国際政治学科
青山学院大学の国際政治経済学部は、国際社会への貢献をそのミッションとし、国際系学部の草分けとして創設されました。各学科の学びを深めるだけでなく、有機的に3学科の学びを統合することもできます。グローバルレベルの課題への理解を深め、エビデンスにもとづいて議論・討論するスキルを養成します。世界の多様な人々と協働し、新たな価値を創造する実践力を育みます。
国際政治学科では、国際社会を国際政治学の観点からとらえます。2年次以降に選択する「政治外交・安全保障」と「グローバル・ガバナンス」のいずれのコースも、大幅に刷新された新しいカリキュラムの下で、国際政治学の「最新」を広く深く体系的に学びます。学びを通じて身に付けた能力は、近い将来に、国際社会の諸問題の解決のために大いに生かされることになります。
