「世界でいちばん詳しい」という自負で取り組む炭素材料の研究と、人命救助の栄誉

掲載日 2023/5/24
No.237
<2022年度 学生表彰受賞>
理工学研究科 理工学専攻 電気電子工学コース
博士後期課程 2年
黒松 将
三重・私立暁高等学校出身

OVERTURE

一刻を争う人命救助の場面で、どんな行動ができるか。キャンパス内で適切な救命措置を行った理工学研究科博士後期課程の黒松将さんは、その行動が人の範となると学生表彰されました。もとより在学する博士後期課程では、アンテナなどのデバイスに用いる炭素材料の研究に取り組み、その成果によって学会受賞経験もあります。人命救助の詳細、日々の研究内容とその面白さ、今後の展望などを伺いました。

表彰されたことよりも、命を助けた事実が名誉

12月のとても寒い日でした。相模原キャンパス内の喫煙所で、すぐ近くにいた方が突然倒れたのです。驚きましたが、いちばん近くにいたのが私でしたから、まずはその方のそばまで駆け寄って意識と呼吸を確認し、とても苦しそうだったので、咄嗟にボタンやベルトを外して、首を傾けて気道確保を行いました。救急対応の経験があった訳ではありませんが、テレビで見覚えのある救命措置を思い出し、冷静に忠実に対応をしました。後に、適切な心肺蘇生対応だったと伺いました。それと同時に、周りにいた2人の学部生にAED(自動体外式除細動器)と救急車の要請手配をお願いし、AEDが届くと同時に本学警備員も駆けつけ、救急隊員が到着するまでの間、警備員と協力しながら心肺蘇生対応を継続しました。

相模原消防署の消防協力表彰式で、黒松さんに感謝状が贈呈された

その後数日は、夢にこのときの光景が出てくることもあり、倒れた方がその後どうなったのだろうか心配しながら過ごしていました。その方の命が助かったとお知らせをいただいたときには「これで安心して年が越せる」と心の底から安堵しました。この行動が評価されて、表彰していただいたことはとても光栄ですが、私にとって何よりの誇りは「人の命を救うことができた」という事実です。実をいえば、急に人が倒れたその瞬間、ほんの一瞬だけ周りを見回していました。その瞬間は「誰かが助けるかな」と考えてしまった自分がいたことも事実です。二度と起こってほしくはありませんが、もし再び誰かが倒れた現場に居合わせたとしても、躊躇することなく倒れた方のもとに駆け寄ることができると思います。この体験は私の自信となりました。

IoT の進展に欠かせない炭素材料の研究

理工学研究科では、電気電子工学コース黄晋二先生の先端素子材料工学研究室に所属しています。炭素材料を使ったデバイスに関する研究を行う研究室で、私はその中でも単層カーボンナノチューブ(SWCNT:single wall carbon nano tube)を電極に使用する研究に取り組んでいます。
金属性SWCNTは、炭素で構成された物質ですが導電性が高く、曲げることができて丈夫、熱や酸化にも強く錆びることがなく、金属に代わる電極材料として期待されていて、私はSWCNTをデバイス、特にアンテナに使う研究を進めています。SWCNTを均一に分散させた液体(インク)を基板に塗布する手法を採用し、さまざまな場所に電気を通す膜を作製する可能性を探っています。電柱、車のボディやフロントガラスなど、曲線に設置できるアンテナや、小さく曲げられる電極など、あらゆるものがネットワークで繋がるIoT(Internet of Things) が進む中、幅広い応用が考えられます。
SWCNTに導電性があるといっても、金属のように高くはありません。実用化するためには、導電率を上げるための工夫が必要であり、研究を通し有効な工夫の数々を発見することを目指しています。

上の段にあるのが単層カーボンナノチューブ(SWCNT)溶液中にSWCNTを攪拌し、均一に分散したインクをつくる

ひとつ私の研究成果を紹介します。これは、アンテナではなくSWCNT膜の導電率向上に特化した研究ですが、導電率を上げる方法として、SWCNT膜にイオン液体を浸透させて抵抗を下げる「キャリアドーピング」という手法があります。150ナノメートル(nm)の厚さの膜にこの手法を適用したところ、理論値通りに電気抵抗が下がらなかったため、その原因を探った研究です。イオン液体がどこまで浸透しているのか、膜を少しずつ掘ってX線を当てて測定する、という作業を繰り返し、この浸透方法では、膜表面からおよそ60nmまでしか浸透しないことを解き明かしました。キャリアドーピングの効果範囲が明らかになることで応用の可能性が広がり、今後の研究継続によって、さらなる高導電化が期待されます。この研究は炭素材料学会の「第48回炭素材料学会年会」において、学生優秀発表賞を受賞しました。

青学の充実した環境の中でこそ味わえる研究の魅力

研究では、仮説をシミュレーションソフトで打ち出しても、実際に実験をするとその通りの結果は出ないもので、実験の9割は失敗です。それだけに、思う通りにデバイスが動いた瞬間の感動は格別です。「自分が(研究テーマについて)世界でいちばん詳しい」という自負を持てることも、研究以外のことではなかなか得られない醍醐味だと思います。もちろん私が研究している領域内の細分化したピンポイントのテーマに限定してのことですが、博士後期課程で研究する以上、その自負は持っているべきだと思います。あらゆる仮説を検証し、何度も実験を重ねて到達した「世界でいちばん詳しいこと」ですから、学会での質疑応答では、何を聞かれても自信を持って堂々と答えています。相手がずっと年上の方でも「丁寧に伝える」意識で話します。年齢やキャリアに関係なく、テーマに対して対等に議論できることも研究の世界だからこその面白さだと思います。

2022年6月に金沢で開催された国際学会 (NDNC)で、参加者からの質問に答える

私がこうして研究の楽しさを存分に味わえるのは、青学の学生支援体制の充実があればこそです。私を含めた多くの博士後期課程の学生は、若手研究者育成奨学金により授業料は無料です。さらに私はAGUフューチャーイーグルプロジェクト(AGU-FEP)により、月額18万円の生活費、年間25万円の研究奨励費、研究活動の状況に応じて論文英文校正費、渡航費などを支援いただき、生活の心配をせずに研究に集中することができています。AGU-FEPでは金銭面だけでなく、他分野の専門家から指導を受けられる副指導制度等で、研究のブラッシュアップの支援も受けられています。
研究を続けていると、青学の恵まれた研究環境に感謝する機会も増えてきました。理工学部附置の機器分析センターには、一般的な大学レベルではなかなか利活用できないような非常に高価な装置があり、より進んだ測定や分析を行うことが可能になっています。先述のキャリアドーピングの研究が成功した背景に、この学部共有機材を私が7日間連続して使用することを、他の研究室が快諾してくださったことがあり、研究室同士の協力体制にも助けられています。

研究者の「トランスファラブルスキル」を生かして将来を切り開く

博士後期課程修了後は、企業等で研究職に就くことを考えていますが、まだ具体的には決めていません。
AGU-FEPの活動の一環で、研究に打ち込んだ博士課程の学生には「トランスファラブルスキル(汎用的スキル)」が身に付いているという考え方を知りました。学会発表で身に付くプレゼンテーション能力、様々な人々と協働・連携するコミュニケーション能力、研究を正確に進める上で欠かせないタスク管理能力など、確かに、研究を通して身に付けられた能力は挙げれば際限がありません。特に、実験の失敗や度重なる装置のエラーなどによって「何が起きても動じない心」が身に付いたことは、何事にも生かされる大きな強みだと思っています。青学で培った研究者としての土台、日々の研究活動によって体得したトランスファラブルスキルを生かして、その後の興味や時代のニーズによっては、企業研究職以外の道もあり得ると考えています。学生時代とは異なる領域での研究に取り組めれば、より成長できるのではないかと考えています。

2022年6月に金沢で開催された国際学会(NDNC)にて

今後も、青学の恵まれた研究環境を存分に活用して研究を進め、IoT の進展に貢献するとともに、自分に合った未来を切り開いていきたいと思います。

理工学部 電気電子工学科

青山学院大学の理工学部は数学、物理、化学といったサイエンスと、テクノロジーの基礎から最先端を学ぶ環境を整備しています。国際レベルの研究に取り組む教員のもと、最新設備を駆使した実験、演習、研究活動の場を提供するとともに、独自の英語教育を全7学科統一で実施。未来志向のカリキュラムにより、一人一人の夢と可能性を大きく広げます。
私たちの暮らしを支えている電気や電子、磁気。これらを制御し、応用することで社会に役立てるのが「電気工学」「電子工学」です。あらゆる産業に活用されており、さまざまなフィールドで日々技術革新が進んでいます。電気電子工学科では進展するテクノロジーに対応していくための応用力と、新技術創出の源泉となる基礎力をバランスよく身に付けられるよう、多面的な学びに注力しています。

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