チームワークを発揮し予想外の成功を収めたハッカソン。その経験を衛星開発に生かす
OVERTURE
2023年12月17日に開催された「Sensing Solutionアイデアソン・ハッカソン2023」の発表会で、理工学部物理・数理学科*の坂本貴紀研究室に所属する4年生のチーム「ぺいんたーず」が、優秀賞とアクセシビリティ賞を受賞しました。受賞作品は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの全身不随患者が瞬きで介護者とのコミュニケーションをとることのできるシステム。チームメンバーの2人に、受賞までの苦労や現在進めている人工衛星の開発についてお話しいただきました。
*2021年度から、物理・数理学科は「物理科学科」「数理サイエンス学科」に改編
AI技術を駆使して社会課題解決を図るシステム開発、予想外の受賞に驚く
広司:「Sensing Solutionアイデアソン・ハッカソン2023」は、全国の大学や専門学校等の学生・生徒を対象にしたコンテストです。このコンテストでは、最新の技術であるIoTデバイスやAIなどを駆使して社会課題を解決するアイデアを競います。私たちは、ハッカソン部門に参加しました。IoTデバイスの「Spresense」という小型のコンピューターを使うことが条件でしたので、社会課題解決というテーマから難病患者さんの支援に着目し、SpresenseのAI機能を用いた画像認識を行うシステムをつくりました。「Spresenseの画像認識機能を用いた瞬きによるコミュニケーションシステム(通称AI's
system)」という作品名で応募し、優秀賞とベスト・アクセシビリティ賞をいただきました。
当日は、オンラインでプレゼンテーションを行いましたが、他チームの発表を「レベルの高いアイデアばかりですごい」と感心しながら聞いていたので、まさか賞をいただけるとは思っておらず、表彰式で名前を呼ばれたときには、本当にびっくりしました。
高城:広司さんの言うとおり、私も何かの間違いではないかと初めは信じられませんでした。チーム3人で研究室からオンラインで参加していたのですが、表彰式が終わってからやっと実感が湧いてきて、すっかりはしゃいでしまいました。
作成したAI's systemは、全身の筋肉がやせ細り、体を動かすことや話すことが困難になっていくALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんとその介護者が、相互にコミュニケーションをとれるようにしたシステムです。作品のコンセプト決めでは、介護福祉士である私の母に、解決したい課題はないかヒアリングをしてヒントをもらいました。
広司:「ナースコール」「おむつ交換」など、6つのコマンドを用意して、左右の目の閉じる/開くで、コマンドを切り替えていきます。瞬きを読み取るカメラ、コマンドを表示する画面、通信機器を一つの箱に収め、ハッカソンの課題であるSpresenseが全体を制御します。瞬きの種類を判別するために、1万枚以上の瞬きの画像を使って機械学習を行いました。
Spresenseは、現在も研究室で開発を進めている超小型衛星「ARICA-2」の制御に使用していますが、ハッカソンの参加が決まった頃はSpresenseについてまだ知識がなく、基本の勉強を一から始めました。スケジュールもタイトで、完成させるのがやっとという状態でしたが、コンテストの総評では「Spresenseの機能をうまく利用した作品」と評価いただけました。
高城:今回の開発と受賞によって2023年度学生表彰も受賞することができ、スポーツで日本代表になるような方々と並んだ表彰式は、人生において忘れられない経験になりました。
お互いの良いところを生かしたチームワークで、ゴールまで走り切る
広司:今回は同じ研究室の浅野さんを交えた3人チームですが、実は3人とも2025年度に打ち上げを予定している衛星ARICA-2プロジェクトのメンバーです。その中でも私たちはSpresenseをメインにした開発を担当していたので、坂本先生から勧められてハッカソンの参加を決めました。
高城:参加することで、今後開発をする上で必要になるSpresenseの知識を深められると考えたのです。ARICA-2プロジェクトでは、先生や先輩から指導をいただきながら進めますが、ハッカソンではゼロの状態から3人で考案・構築し、実装まで行わなければならず、難しかったです。
広司:本当に大変だったね。まだ何も知識がない状態で。
私は特にプログラミングに苦手意識があり、苦労しました。他の出場チームには、機械学科などプログラミングやシステム構築、機械工作を専門にしている学生が多かったのですが、私たちは物理学科で、それまでは物理の理論を学ぶことが多かったのです。
高城:私も大学入学まではアナログ好きでしたが、1〜3年次に受けたプログラミングの授業(「情報処理実習」「コンピュータプログラミング演習」「コンピュータアプリケーション演習」)がとても面白くて、必要な課題だけでなく発展課題にも自主的に取り組んで力を付けました。けれども今回のプログラミングは授業で学んだものと言語が異なり、基礎や考え方は役に立ったものの、最初から勉強する必要があって苦労しました。
画像認識を使ったシステムにしたのは、知識が足りない中で少しでも強みを出そうと考えたからです。ARICA-2の開発で、浅野さんがカメラや画像分野を担当しているので、その経験を活用することにしました。
広司:浅野さんが画像認識や機械学習、高城さんが通信、私が画面表示と、分担して進めていきました。
高城:広司さんはそれぞれが分担して開発したシステムの統合もやってくれたよね。
広司:統合する上でまとめ役のようになっていたかな。資料づくりでは、いろいろな要素を集めて何もない状態から大雑把な骨格をつくるのは得意なので、「0から1」のところを率先して行いました。高城さんは肉付けして整えていくところが得意だったね。
高城:何もないところからつくるのは時間がかかるタイプなので、1から2、3……と進化させるところを担いました。
広司:3人ともタイプが違って、足りないところを補い合いながら良いチームになったと思います。浅野さんはとても頭が良くて優秀なのですが、面白い人でもあり、スケジュールがギリギリでもあまり焦らず場を盛り上げてくれました。
高城:浅野さんがいてくれたからギスギスしないで進められたと思います。今回のハッカソン参加は、システムを自分たちでゼロから考えてつくって完成させた経験や知識が付いたことも素晴らしかったのですが、今後ARICA-2の開発でも大切になってくる協調性を育てられたことも大きかったと思います。スケジュールを決めて、ゴールまで努力して走り切る力も得られました。
広司:チームで協力して一つのことにがむしゃらに取り組む経験ができたことは本当に良かったです。3人がそれぞれ自分の良いところを生かして楽しくできたこと、プログラミングの面白さが分かって力が付いたことは大きな収穫です。
プログラミングは「このように動かしたい」という目標に向かって自分でどうしたら良いか考えて書き、実際に動かすことができるととても嬉しく、問題を解決する快感を味わえます。「物理をやりたいのにプログラミングだなんて」と初めは思いましたが、やってみると、自分で論理を組み立てて分からないことを解いていくところは、物理学の楽しさにも似ていると思いました。大学では食わず嫌いをしないでいろいろなことにチャレンジしていくと道が拓けると思います。
宇宙研究分野の充実や、幅広い学びに惹かれて青学へ
高城:私は専門に偏らずに、広い分野を知りたいという思いが強く、多様な教養を身に付けられる「青山スタンダード」科目があることが、青学を選んだ大きな理由です。
1年次に受けた、陸上競技部長距離ブロックの監督である原晋先生の「
キャリアデザイン・セミナー」は、スポーツやジャーナリズムなどさまざまな分野の第一線で活躍する方々からのお話を伺うことができて刺激になりました。原先生の「大学ではそれぞれの分野を突き詰めて深く勉強することと、横に広く知識を付けることの両方を大事にする『T字』の学びを大切にしてほしい」というお話は印象的で、今も「T字」を意識しながら学んでいます。
広司:私は小学校からずっと野球に打ち込んできて、青学出身のプロ野球選手が多いことや箱根駅伝での活躍など、スポーツの印象が強かったです。子どもの頃から近所で青学の陸上競技部の選手が練習に励む姿や街のゴミ拾いをする様子を見ていて、駅伝はいつも応援していました。
進学を決定した理由としては、宇宙研究に興味があったので、青学はJAXAともつながりがあり、航空宇宙分野で進んでいるということが大きかったと思います。
高城:私は子どもの頃から宇宙に興味はありましたが、大学入学時にはそこまで絞り込んで決めていませんでした。
広司:宇宙物理を学びたくて入学して「宇宙物理」の授業を受けたら、内容はもちろん興味深かったのですが、宇宙物理学を勉強するためには、その他のさまざまな分野の物理を理解しないといけないことを痛感しました。また「最新物理講義」では、世界の最新のテーマを知り、いろいろな実験も知ることができて、宇宙物理以外の分野も面白いと感じました。そういう意味では、宇宙物理を研究すると決めていたところから、入学後に視野が広がりました。
高城:坂本先生の「宇宙物理」はすごく面白い授業だったね。授業の間に学生が興味を持つような雑談を挟んでくださって、難しいテーマでも楽しく前向きに取り組むことができました。この授業のおかげで、宇宙への好奇心がかき立てられたと思います。先生のお人柄や先輩たちの研究発表の面白さ、学生が主体で研究を進められることが魅力で、坂本研究室を選びました。
広司:入学して宇宙物理や他の分野の物理を学んでいくうちに、理論系の研究よりも宇宙開発分野に興味を持つようになりました。坂本先生はフランクで学生と同じ目線で接してくださって、学生の意見に対しても「そういう考え方もあるね」としっかりと受け止めてくださります。もし研究室に所属できたら通うのが楽しくなるだろうなと思っていましたが、その通りになりました。
高城:坂本先生は困ったことがあれば本当に親身に相談に乗ってくれて、頼れる指導者です。楽しくて充実した研究生活を送れています。
超小型衛星ARICA-2の開発という目標に向かって、一丸となって打ち込む
高城:研究室はいくつかのチームに分かれていて、私たちが所属しているARICA-2チームは一番の大所帯です。ARICAー2は、10cm×10cm×20cmの超小型衛星。ブラックホール誕生の瞬間などに突発的に明るく輝く天体現象「ガンマ線バースト」を検知し、その情報を地上に速報する実証実験プロジェクトです。研究室に入る前の2021年に初号機であるARICAの打ち上げに成功したものの、現在まで通信はできていない状況です。これを改良し、2025年度に打ち上げを計画しているのが、ARICA-2です。
広司さんと私は通信分野を担当しています。ARICAで成功できていない通信を、何としても成功させたいと意欲を持って研究を進めています。
広司:私は、ARICA-2から衛星電話などで使われる民間通信衛星にデータを送信し、民間通信衛星から地球に送信するというルートの通信を担当しています。ARICAでも採用した方法で、前回の反省をもとに改良を加えています。私自身もそうでしたが、日常的に通信をしている現代の人々は当たり前にできるものと思いがちです。しかし、地球上での通信と宇宙空間での通信はまったく勝手が違い、本当に難しく試行錯誤の連続です。
高城:私は、ARICA-2から新しく追加されたUHF通信機のシステムを担当しています。こちらはアマチュア無線を使う通信方法で、ARICA-2から直接地上に電波を使ってデータを送ります。
なかなか思う通りには進みませんが、皆で一つのものをつくり上げることを楽しみながら研究しています。とても良いチームで、行き詰まった時にも誰かに相談に乗ってもらえる安心感があります。
広司:同じ目標を持った人と一緒に研究する方が一人で黙々と取り組むよりも頑張れると思い、ARICA-2チームを選びました。チーム一丸となれる雰囲気はとてもやりやすく楽しく感じます。ハッカソンとARICA-2ではSpresenseの使い方がかなり異なり、ハッカソンの経験が直接ARICA-2につながるわけではないのですが、チームで協力した経験が生きています。
高城:大学院に進学し2024年度からは先輩の立場にもなり、打ち上げを予定している2025年度はチームで最上級生となります。ハッカソンで身に付けた協調性で盛り上げていきたいと思います。人生の中で衛星の打ち上げに関わる経験は滅多にできるものではありません。研究に邁進し、前回の打ち上げでできなかった通信を絶対に成功させたいと思います。
広司:大学院に進学後、博士前期課程の2年間では、打ち上げと通信の成功に向けて懸命に努力していきます。その先にはまだ明確な目標はありませんが、ハッカソンでの経験やARICA-2の開発を通して、ものやシステムをつくる楽しさを知ることができたので、将来そうした開発で世の中に貢献できると良いと考えています。
坂本貴紀先生からの
Message
「Sensing Solution アイデアソン・ハッカソン」は今回で3回目となる IoT を用いて社会課題の解決や新しいエンターテイメントの提案を学生から募集し、優秀な作品を表彰するイベントです。審査員は23名の企業人や大学教員で構成され、一次審査、二次審査、そして、最終選考会と進む必要があり、勝ち残っていくためには、大変な努力が必要です。高城さん、広司さん、そして、浅野さんの3名は、はじまりは私の無茶振りだったにもかかわらず、非常に面白い作品を考え、そして、実際にボードコンピュータ Spresense に自分たちのアイディアを実装し、優秀賞とベスト・アクセシビリティ賞の2冠を達成しました。私は、作品のアイデアから実際にシステムを作る所について、全く関与しませんでしたので、3人の実力と努力のみで手に入れた賞だと思います。本当におめでとう。是非、ここでの経験を生かして、ARICA-2 の開発へとつなげてもらえればと思っています。
※各科目のリンク先「講義内容詳細」は2023年度のものです。
理工学部 物理科学科
青山学院大学の理工学部は数学、物理、化学といったサイエンスと、テクノロジーの基礎から最先端を学ぶ環境を整備しています。国際レベルの研究に取り組む教員のもと、最新設備を駆使した実験、演習、研究活動の場を提供するとともに、独自の英語教育を全7学科統一で実施。未来志向のカリキュラムにより、一人一人の夢と可能性を大きく広げます。
物理学はシンプルな根源原理を理解することによって、幅広い科学分野に応用できる学問です。物理科学科では、基礎物理学をはじめ、固体、宇宙、生物といった対象が絞られた分野、さらには超伝導、ナノテクノロジーなどの最先端応用分野まで、さまざまな階層・スケールサイズの物理学をカバーします。充実した設備環境での実験・演習形式の授業により、理解を深め実践力を高めます。