「地の塩、世の光」の精神を体現し、困難に直面する人たちのサーバント・リーダーを目指す
カンボジア王国駐在

OVERTURE
プロテスタント教会の牧師であるご両親のもとで育った千葉百合香さんは、貧困や病に苦しむ人々に心を寄せ、国際協力の道を歩みたいと考え、現代経済デザイン学科で開発経済を専攻しました。現在はカンボジアのNPO法人で、子どもの教育支援と大人の雇用創出に取り組んでいます。千葉さんの人生は、困難に直面する人々を支援し、共に成長し、希望に導くサーバント・リーダー*そのものです。国際協力の現場にたどり着くまでの軌跡や、大学での学びがどのように生かされているのか語っていただきました。
*自分の使命を見出して進んで人と社会とに仕え、その生き方を導きとする人。
困難な環境にある人々に心を寄せ、
途上国開発の手法を実践的に学んだ大学時代
牧師である両親の影響を受け、幼い頃から困難な環境で生きる人々に心を寄せてきました。人道援助の象徴であるマザー・テレサの生き方に深い敬意を抱き、マザー・テレサに遠く及ばないまでも、貧困や病気に苦しむ人々に寄り添う人生を歩みたい、そのように考えていました。高校生のときに「国際協力」という仕事に興味を持ち、関連する学問を提供している大学・学部を探していたところ、キリスト教の精神に基づく青山学院大学の経済学部に現代経済デザイン学科が新設されること、そして開発経済が専門の藤村学先生のゼミナール(ゼミ)があることを知り、進学することを決めました。
現代経済デザイン学科の1期生として入学し、希望通り藤村先生のゼミに所属して、途上国開発の手法やアプローチ方法を学びました。藤村先生は、アジア開発銀行で途上国の経済発展を支援する融資プロジェクトに携わった経験を生かし、大学教員に転身されてからは、フィールドワークを重視した指導を行っています。印象深いゼミでの活動は、3年次のゼミ合宿で、ベトナムの企業を視察し、現地の大学生と交流した体験です。ベトナム経済が急速に発展する様子とそのダイナミズムを直に感じ、現地の意欲的な学生たちとの対話から、「先進国の若者として現状に甘んじていたら、あっという間に彼らに逆転されるだろう」という危機感を抱くほど圧倒されたことを、今でも覚えています。
卒業前のゼミ合宿にて、藤村先生を囲んで(千葉さんは後列右から2番目)
ベトナムでのゼミ合宿後、一人でカンボジアに渡りました。これがカンボジアとの初めての出会いです。以前からバックパックを背負って世界各地を旅して、現地の人々と交流してきましたが、カンボジアは初訪問にもかかわらず、まるで「帰ってきた」と感じさせられるアットホームな温かさがありました。人々は子どもも大人もありのままの笑顔で、「まだご飯を食べていないの?一緒に食べようか」と声をかけてくれるような癒しにあふれていて、おおらかで親切な国民性に触れて、カンボジアに魅了されました。
同時に、1970年から1990年代にかけてのカンボジア内戦の影響が色濃く残っていることも肌で感じました。街には多くのストリートチルドレンや物乞いがいて、内戦時に教育施設が破壊され、多くの教員が命を落としたため、教育環境が十分な水準まで改善されていない現状を目の当たりにしました。そこにいる人たちに惚れ込んでいたからこそ、「私に何かできることがあるのではないか?」という問題意識を持ち続けるようになりました。
学生時代、初めて訪れたカンボジアで
苦しい状況にある人々を支えるという、
私の生きる「軸」を見つめた10年間
カンボジアから帰国後、国際協力の分野での就職を模索しましたが、多くの組織が即戦力を求めていて、学部新卒では困難という現実に直面しました。一般企業への就職に舵を切り、途上国への「CSR(企業の社会的責任)」を重視している企業を中心に、幅広くアプローチしました。社会や環境と共存しながら持続可能社会に貢献し、責任ある行動を果たしている企業で働くことを希望したものの、その先のビジョンを描けていない就職活動は、自分自身が納得できるものではありませんでした。
卒業後の人生を再考するために、就職活動を一時中断し、思い切ってインドへ旅に出ることにしました。敬愛するマザー・テレサが設立した施設でボランティア活動を行い、自分の人生を見つめ直す時間を持ちたいと考えたからです。スラム街の施設で障がい児のケアを担当し、貧しい人々や恵まれない人々のために生涯を捧げたマザー・テレサの思いに接しました。「あなたの国のコルカタ(スラム街)を見つけなさい」というマザー・テレサの言葉に触れ、「日本でも、苦しんでいる人、自分が寄り添うべき人はたくさんいる」ということに気付きました。
就職は、障がい者福祉施設に決めました。重度身体障がい者の介護や、精神障がい・発達障がいを持つ人々の就労訓練に携わりながら、公的資格も取得しました。利用者の方々から多くのことを学び、毎日たくさん笑うことができ、充実した日々を送りました。人の話を聞くのが好きで、相手の思いを引き出すことが得意だという自分の強みを発見しました。苦しい状況にある人々に寄り添うという、私の生きる「軸」を変えることなく、自分が本当にやりたいことに全力で取り組むことができた10年間だったと感じています。
しかし、学生時代からの夢である「国際協力を仕事にしたい」という思いは、ずっと私の心の根底にありました。そんなとき、日本ユニセフ協会に勤める友人から「国際協力の仕事は人とのつながりが重要。現在の仕事を続けながら、ボランティアで国際開発に関わる何か新しいことを始めてみては?」というアドバイスを受けました。
カンボジアの教育と就労支援を進めるNPO法人で、
インターンから始めた国際協力
当時、コロナ禍で在宅勤務をしており、自宅で何かできないかと情報収集を進めていると、大学時代に力になりたいと思ったカンボジアで、子どもの教育と大人の就労支援に取組むNPO法人earth tree(当時は一般社団法人KISSO)と出会いました。その団体のウェブページは、かわいそうな子どもたちの様子ばかり誇張するのではなく、私の知っているあの温かい笑顔で満ちていて、ありのままのカンボジアを感じさせるものでした。そして「支援する」というよりも、現地の方々に寄り添って「一緒に創る」というビジョンが、私の理想と完全に一致していました。
カンボジアの農村部では、多くの家庭で親が安定した職に就くことができないため、子どもたちが学校を途中で辞めざるを得ないという問題があります。子どもの教育支援には大人の雇用創出が不可欠と確信するearth treeは、「学校」「工房」「農業」「宿泊施設」「遊び場」が一体となった複合型施設『earth tree village』の建設プロジェクトを構想していました。好循環モデルに加えて、持続可能なエコ素材「竹」を資材に用いる『earth tree village』の計画にも共感しました。日本での仕事を続けながら、まずオンラインでearth treeのインターンシップを始めることにしました。
earth treeが設立した学校に通う子どもたちと
インターンで最初に関わったのは、手先が器用で、生活に必要な道具を手づくりするトロペアントム村の女性たちの特性を生かした高品質なラタン(籐)雑貨のブランド立ち上げです。『LOYLOY』(ロイロイ)というブランド名で、製品の企画、販売戦略の立案、日本の百貨店やネット通販での流通ルート確立までを担当しました。
現在の『LOYLOY』製品は安定して高い品質を維持していますが、立ち上げ当初は多くの課題に直面しました。村の女性たちは教育が十分でなく、数字を読めない人が多く、指定されたサイズで製品を作ることが困難でした。また、日本の厳しい品質基準を共有することも大きな課題で、小さなささくれ一つでも不適格とされるような基準を理解してもらうことから始め、生産チームの体制を整え、製作プロセス全体で試行錯誤を繰り返しながら、事業を軌道に乗せる努力をしました。そんな苦労を共にした村の女性たちとの連帯感、『LOYLOY』製品への愛着から、立ち上げ後も継続的に事業に関わりたいとボランティアを続けました。その後、earth treeの現地スタッフとして働かないかと誘いを受け、2022年からカンボジアに移住して活動しています。
『LOYLOY』の製品を作るトロペアントム村の女性たちと
現地で村の人たちの困りごとを一緒に解決し、
大学での学びの答えあわせをする日々
現在は、『LOYLOY』の事業に加え、村の男性たちが竹建築の技術を学びながら建設を進める『earth tree village』プロジェクトにも参画しています。限られた人数で活動しているため、私の仕事は多岐にわたります。マネジメントにも関わりつつ、実務としては日本からの見学ツアーのアテンド、広報活動、日本語教師など、earth treeの活動全般をサポートしています。
カンボジア農村部は、今なお経済的な困難がありますが、ここに住む人たちは「足元にある幸せ」に気付かせてくれます。子どもたちは目をキラキラと輝かせて勉強し、「なんでそんなに頑張れるの?」と聞くと、「勉強が楽しい!」と言います。スタッフに「仕事はきついでしょう?」と聞くと、「仕事があるだけでありがたい」と言います。内戦を切り抜けてきたスタッフは、「家族と一緒に過ごせる、こんなに幸せなことはない」と語ってくれます。私たちは、カンボジアの人たちがたくさんの笑顔の中で暮らしている理由がここにあると思っています。
笑顔が輝く『earth tree village』にいる子どもたちと(最後列に千葉さん)
私たちの活動は、日本の有志の皆様からの支援がなければ成立しません。だからこそ、私はカンボジアと日本をつなげ、この「笑顔が循環する未来」をつくりたいと思って日々仕事をしています。
earth treeはカンボジア政府の教育省と連携体制を築いて、独自の学校建設に加え、他の団体・個人が小学校を建設する際のサポートも行っています。藤村ゼミで学んだ開発経済の基本的理論により、貧困を解消し地域を発展させる道筋を理解しているので、現地の状況を把握すれば、今どんな状況にあり、どの方向に解決策を求めるべきか判断できます。理論に基づいて話せることは強みです。まるで大学で学んだことの答え合わせをしているかのように、実際の現場で理論がどのように役立てられるのかを身をもって体験しています。
「地の塩、世の光」となる存在を目指して
現地スタッフとして着任した当初、村の人たちに「やりたいことは何ですか?」と尋ねたところ、皆から「分からない」という答えが返ってきました。通訳に「みんな夢とか考えないの?」と聞いてみると、「今を生きるのが精一杯。そんなことは考える余裕なんてないんだよ」という返答があり、大きな衝撃を受けました。
「夢を描ける」ということが“当たり前”だと思っていた私は、それがどんなに幸せなことかを知りました。彼らが安定した生活基盤を築いた先に、自らの意志で「これをやりたい」と思える願望を引き出し、それに挑戦できる環境をつくることが私の目標です。
『LOYLOY』は、開発途上国の生産者と公正な価格で継続的に取引し、生産者の生活の質を持続的に向上させる「フェアトレード」の仕組みで運営されています。生産者が品質の良い物を作り続けていくと同時に、生産者の労働環境や生活水準が保証され、自然環境にもやさしい取引のサイクルが生まれますが、日本国内ではまだ、フェアトレードの概念や、買い物という消費行動を通じて持続可能な支援をするという価値観が十分に浸透しているとは言えません。
例えば、困難に直面している地域に友人が住んでいたら、心を寄せて何か支援ができないかと思いますよね。私たちは、『LOYLOY』の製品がどのような環境で、どのような人々によって作られているか、というストーリーをより詳しく伝えることで、多くの人にトロペアントム村の人々やカンボジアの人々を友人のように心を寄せてもらえる仕組みを考える、これが国内向けの課題です。
青学のスクール・モットー「地の塩、世の光」は、新約聖書マタイによる福音書に記された主イエスの言葉です。私はこの言葉を「どんな時代にあっても全ての人にとって支えとなる、なくてはならないもの、そこに人が集まってくるもの」と捉えています。私がそのような存在になれているわけではありませんが、関わった人々が後になって「あの人が居てくれてよかったな」と思ってもらえる存在でありたい、そう思っています。
竹を資材として建設されている複合施設『earth tree village』にて
卒業した学部
経済学部 現代経済デザイン学科
経済とは人々が生存していくことであり、多様な要因に基づいて成り立っています。それゆえ、その理解には幅広い視野が求められます。青山学院大学の経済学部においては、このような経済を学ぶ場として多様なテーマの研究が蓄積されており、公正な社会の創造を目指して本質を理解し論理的に行動する力を育成します。
グローバルな産業発展が引き起こす貧困や地域格差、環境破壊といった諸課題の解決に向けて、「公共性」の概念が重要となってきました。現代経済デザイン学科は、公共性の担い手として政府だけではなく、地域コミュニティにも着目します。誰もが公平で幸せに暮らせる社会づくりのデザインについて学びます。「理論・政策・地域」という新しい枠組みのもと、経済学の応用力と実践力を深めていきます。
