言葉がつなぐ未来、言語と文化の間で新たな道を切り拓く
(ウクライナ タラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学)

OVERTURE
ウクライナのタラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学(以下、キーウ国立大学)で日本語を専攻するカリナさんは、日本語の美しさと文化の奥深さに魅了され、翻訳や日本文学への関心を深めていきました。キーウ国立大学と青山学院大学の交流をきっかけに、日本をより直接体験し、その本質に触れたいという思いから留学を決意。東京での生活は、学問的な成長だけでなく、生活のバランスを取る力や適応力を養う貴重な経験となり、カリナさんの人生において新たな可能性への扉を開きました。
日本語の「響き」が
開いた未来の扉
私が日本語に興味を持ったきっかけは、子どもの頃に見たアニメで耳にした日本語の「響き」の美しさでした。その独特な音に心を奪われ、日本語という言語そのものに強く興味を持つようになったのです。しかし、当時のウクライナでは学ぶ機会がほとんどなく、オンラインの語学学校もまだ普及していませんでした。それでも、東アジアの言語や文化に対する好奇心はどんどん膨らみ、やがて私の人生を大きく左右する情熱へと成長していきました。
高校時代、私は語学に興味を持ち、特に英語の勉強が得意でした。もっと幅広い言語の世界に挑戦したいという気持ちが芽生え、大学では新しい言語を学ぶことを決意しました。父の勧めもあり、韓国語と日本語のどちらを学ぶか悩んだ末、日本語を選びました。未知の可能性を秘めた言語であり、私の未来を切り開く鍵になると感じたからです。
キーウ国立大学で日本語を本格的に学び始めると、その独特な構造と奥深さに圧倒されました。西洋の言語とはまったく異なり、日本語を習得するには別の視点やアプローチが求められることを実感し、体系的に学ぶことの大切さを痛感しました。そして、日本語の複雑さに挑戦することが、私の学びへの情熱をより一層強くするきっかけとなりました。
あの時の決断は、単に日本語を学ぶだけでなく、翻訳という分野への興味を見つける人生の大きな転機となりました。日本語を学んだことで、新しい可能性が広がり、自分の未来への扉を開くことができたと実感しています。
キーウ国立大学の日本語学習環境
キーウ国立大学の言語学研究所では、日本語学習に特化した体系的なカリキュラムが整えられています。一般的な大学のように自由に科目を選択するのではなく、約30人の学生が、日本語だけでなく、文学、歴史、伝統、文化などを包括的に学びながら、日本の本質に深く迫ることができます。特に魅力的なのは、先生や学生同士の間に生まれる強い絆です。互いに支え合いながら学ぶ環境は、単なる知識の習得を超え、大きな成長につながる貴重な経験となりました。
3年次には「翻訳」か「外交」のどちらかを選択することになります。私は、言葉を通じて文化をつなぐ力に魅力を感じ、翻訳の道を選びました。翻訳コースでは、文学翻訳、産業翻訳、行政翻訳などに挑戦し、それぞれが独自の課題と学びを提供してくれました。特に商業翻訳では、単なる直訳ではなく、文化の違いを考慮した創造的な発想が求められ、その奥深さを楽しいと思いました。また、政府関連の翻訳は、ウクライナの現状を考えると特別な意味を持ちます。公式文書やニュースの翻訳を通じて、言葉の持つ責任の重さと影響力を改めて実感する貴重な経験となりました。
日本文学の学びも充実していて、『万葉集』から近代文学まで幅広く学ぶことができます。太宰治の『人間失格』は心に響く特別な一冊です。私は小説や詩の翻訳にも挑戦していますが、詩の翻訳では、言葉のニュアンスや感情を正確に伝える難しさを痛感しつつ、大きなやりがいを感じています。
通訳の練習に取り組む機会もありました。日本語を正確に聞き取りながら、リアルタイムでウクライナ語に変換するという高度なスキルが求められる通訳は、自分の限界を試し、能力を大きく伸ばす貴重な学びの場となりました。
日本語専攻の先生方は、異なるバックグラウンドを持ち、多角的な視点を提供してくださいます。日本で学び、働いた経験を持つウクライナ人の先生方からは、異文化の橋渡しとなるための実践的な知識を学び、日本人の先生方からは、母語話者ならではの日本語の自然な表現や文化的背景を深く理解する機会を得ることができました。特に印象的だったのは、日本語を習得した非母語話者の先生方の授業でした。自身の学習経験を活かした解説は、時には母語話者以上に分かりやすく、私の理解を一層深めてくれました。
また、キーウ国立大学では、いけばなのワークショップや伝統楽器の演奏、日本や韓国の外交官による講演など、多くの文化イベントが開催され、日本文化を実際に体験できる機会が豊富にありました。これらのイベントは、学んだ日本語を実践の場で活かす貴重な経験となり、日本とのつながりをさらに強く感じることができました。このような環境の中で学ぶことで、日本語への理解だけでなく、翻訳という分野への情熱を見つけることができました。キーウ国立大学で日本語を学ぶことで、私の未来の可能性は大きく広がったと実感しています。
青山学院大学との出会い、
そして留学へ
私と青山学院大学のご縁は、2024年春に行われた日本文学に関するオンライン共同授業がきっかけでした。わずか2回のセッションでしたが、青山学院大学の学びの雰囲気を実際に感じることができ、とても貴重な経験になりました。初回は自己紹介とグループ交流を行い、2回目は日本とウクライナの好きな文学作品を紹介し合いながら、文化的背景を踏まえた意見交換をしました。この授業を通して、さらに学びを深めたいという思いが強まり、日本への留学を目指す大きなきっかけとなりました。
交換留学先を選ぶ際、真っ先に思い浮かんだのが青山学院大学でした。魅力的な立地に加え、以前参加した小松靖彦先生のオンライン授業で感じた大学の雰囲気が決め手となりました。さらに、学問的にも高く評価されていることを知り、「この環境なら自分の成長につながる」と確信し、留学を決意しました。
関連ニュース:【日本文学科】キーウ国立大学日本語専攻の学生との協働授業を開催
ウクライナと日本、異なる学びのスタイル。「学びの環境」に適応するという挑戦
日本の大学の学修スタイルに慣れることは、最初の大きな挑戦でした。まず、1コマ90分という授業時間の長さに驚き、学習のリズムの違いに戸惑いました。さらに、日本の「時間厳守」の文化にも大きなカルチャーショックを受けました。特に、近年のウクライナでは戦乱の影響で停電や空襲警報が頻繁に発生し、予定通りに授業を行うことが困難なこともあるため、先生たちは状況に応じて柔軟に対応するのが一般的です。しかし、日本では遅刻は厳しく管理され、締め切りも必ず守ることが求められます。最初はハードルの高さを感じましたが、異文化の価値観を理解し、適応する大切さを学ぶ貴重な機会となりました。結果的に、より効率的な学習方法や時間管理のスキルを見直すきっかけにもなりました。
青山学院大学では、日本語の授業をはじめ、「日本の社会と文化L」、「日本学B」、そして日本文学のゼミナール(ゼミ)「日本文学演習Ⅱ[1]」などを履修しています。特に、小松先生の日本文学のゼミはすべて日本語で行われるため、私にとって大きな挑戦でした。クラスの中で、日本語を母語としないのは私だけです。専門的な語彙や古典文学のテキストに圧倒されることもありましたが、この環境に身を置くことでリスニング力が飛躍的に向上し、文脈から意味を推測する力も大きく伸びました。慣れない環境での学びは簡単ではありませんが、その分、自分の成長を実感できる貴重な経験になっています。
半年間のゼミの集大成として、「19~20世紀文学におけるフェミニズムのテーマ ―与謝野晶子とオルガ・コビリャンスカの作品を比較して―」というテーマで、日本語で研究発表をしました。発表後、小松先生とゼミ生から「優れた研究発表に、本当に多くのことを学ばせてもらいました」というコメントをいただき、とても嬉しかったです。
小松先生(後列右)とゼミの仲間たち(前列中央がカリナさん)
日本での日本語教育のスタイルは、ウクライナでの学習方法とは大きく異なります。ウクライナでは文法中心の体系的な授業が主流でしたが、日本では会話の実践や多様な教材を活用した学習に重点が置かれています。実際のコミュニケーション能力を鍛えるにはとても効果的ですが、時には体系的に学ぶ授業が懐かしく感じることもあります。そのため、学習のバランスを保つために文法の自習を続けています。特に、日本語能力試験(JLPT)N2の対策をしていた時期には、この自主学習が大きな助けとなりました。
こうした環境の変化や異文化の中での学びは、私にとって大きな挑戦でしたが、それ以上に成長できる貴重な機会となりました。青山学院大学での留学を通じて、学問的な知識だけでなく、新しい視点や価値観を学ぶことができました。
都会の喧騒と静けさの
バランス
東京での生活は、日本に対する私のイメージを大きく変えました。来日前は「日本の人は控えめで、外国人との交流にはあまり積極的ではないのでは?」と不安に思っていました。しかし、実際に暮らしてみると、国際交流や海外の文化に興味を持つ人が想像以上に多いことに驚きました。英語を交えながら日本語で会話する機会も多く、語学の練習になるだけでなく、お互いの文化について意見を交わし、新しい視点を得られる貴重な経験になっています。
東京近郊はエリアごとに異なる雰囲気があり、訪れるたびに新しい発見があります。渋谷は広告の多さや人混みに圧倒されることがありますが、新宿の活気あふれる雰囲気や、横浜の落ち着いた街並みが好きです。横浜ランドマークタワーの69階にある「スカイガーデン」はお気に入りのスポットです。天気の良い日には富士山まで見渡せる絶景が広がり、東京の展望台に比べて混雑が少なく、ゆったりと景色を楽しめます。また、横浜は緑が多く、散策にもぴったりで、歩いていると、偶然お祭りやストリートパフォーマンスに出会うこともあり、訪れるたびに新たな魅力を感じます。
横浜ランドマークタワーからの夜景
東京の複雑な鉄道システムは最初、圧倒されるほど難しく感じました。特に通勤ラッシュの時間帯は、今でも人混みに息苦しさを感じることがあります。しかし、都会の喧騒の中にも、静けさを感じられる場所を見つけました。夕方に東京湾や川沿いを歩くと、穏やかな時間が流れ、心が落ち着きます。
最近、他の交換留学生たちと一緒に日光へ日帰り旅行に行きました。山々や滝を眺めていると、ウクライナでの家族旅行の思い出がよみがえり、どこか懐かしさを感じました。また、日光で初めて日本の雪に触れ、その美しさに感動しました。こうした小旅行は、東京での都会生活とのバランスを取る貴重な時間です。次の冬休みには大阪をはじめ関西旅行を予定しており、活気あふれる街の雰囲気やユニークな文化を体験するのを今から楽しみにしています。
奈良公園に生息するシカ(国の天然記念物)とふれあう
ウクライナと日本をつなぐ
架け橋に
日本への留学中も、オンラインでウクライナの人々に日本語を教え、自国とのつながりを大切にしています。7時間の時差の影響で、深夜までレッスンを行うこともありますが、それでもこの経験はとてもやりがいがあります。自分が言語を教える立場になるとは思っていませんでしたが、今では楽しみながら取り組んでいます。生徒の多くは私より年上で、それぞれの視点や経験を授業で共有してくれるため、教える側でありながら私自身も多くのことを学んでいます。最近、生徒の一人が日本語能力試験(JLPT)に合格し、努力が実を結んだことを実感しました。まるで自分のことのように嬉しく、誇らしい気持ちになりました。
ウクライナでは近年、日本文化への関心が大きく高まっています。2015年頃までは、日本のメディアやアニメは一部の愛好家の間で楽しまれるものでしたが、今ではウクライナの文化の一部として広く受け入れられています。2019年頃から日本文化に関するウクライナ語のコンテンツが急増し、日本文学を専門に扱う出版社も登場しました。今ではウクライナの書店で、ウクライナ語に公式翻訳された日本のマンガを購入できるようになっています。
この変化によって、日本語を活かせる仕事の機会も増えています。しかし、高い日本語能力を持つウクライナ人の多くが日本でのキャリアを選ぶため、国内で日本とウクライナの文化をつなぐ人材が不足しています。私は、日本の文化に深く魅了されていますが、将来的にはウクライナにいながら、日本とウクライナの文化交流に貢献したいと考えています。特に、文学や翻訳を通じて、両国をつなぐ架け橋になることを目指しています。
2025年夏、キーウ国立大学を卒業後、新たなキャリアへと踏み出す予定です。青山学院大学での経験は、自己成長やバランスの大切さを学ぶ貴重な機会となりました。日本に来る前、「海外留学期間を私の人生で最高の時間にしなくてはならない。なるはずだ」と考えていました。実際に異国で過ごしてみて、環境が変わっても自分の中の課題はなくならないこと、母国で抱えている問題は海外にいても消えないことを実感しました。ウクライナの困難な状況の中、家族や友人と離れて暮らすのは決して簡単ではありませんでしたが、その経験を通して、母国とのつながりの大切さを改めて強く感じました。
日本への留学は、かつては夢のような話でした。そして今、その夢を現実にし、学んだことや身に付けたスキルがこれからのキャリアにつながると確信しています。本の翻訳、ウクライナの学生への日本語指導、両国間の文化理解を深める取り組み――どの場面でも、この経験が生かされるはずです。そして何よりも、私が最も意義を感じるのは、日本とウクライナの文化や言葉のギャップを埋める架け橋となることです。それは、私が学び、歩んできた道を生かせる、大切な役割だと信じています。

MON | 2 11:00 a.m〜12:30 p.m | 日本語(ⅣF)A |
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4 15:05 p.m〜16:35 p.m | 日本文学演習Ⅱ[1] |
TUE | 1 9:00 a.m〜10:30 a.m | 日本語(ⅣF)B |
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2 11:00 a.m〜12:30 p.m | 日本学B | |
3 13:20 p.m〜14:50 p.m | トピックス・イン・ジャパニーズ・スタディーズⅡ[英語講義] |
WED | 2 11:00 a.m〜12:30 p.m | 日本語(ⅣF)C |
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THU | 2 11:00 a.m〜12:30 p.m | メディア史[英語講義] |
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4 15:05 p.m〜16:35 p.m | English Studies E[英語講義] |
FRI | 1 9:00 a.m〜10:30 a.m | 日本の社会と文化L |
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2 11:00 a.m〜12:30 p.m | 日本語(ⅣF)D |
カリキュラム & 履修科目 (交換留学生)




国際センター
国際センターは、大学の国際化に関わる教育支援と国際人育成をサポートしていきます。主な業務は、海外協定校・認定校への「留学生派遣」と、海外協定校からの「留学生の受入れ」、私費留学生のサポート、そしてそれらの学生向けの奨学金業務、夏期春期に行われる短期語学・文化研修などのプログラムの企画・運営等を担います。各国の多様な文化や慣習および学生の異なる価値観を尊重しながら、海外大学と本学との連携をさらに強化・拡充していきます。
