未来の健康管理を切り拓く。顔画像による体調・ストレス可視化技術への挑戦

掲載日 2025/9/12
No.365
<2025年度 学業成績優秀者表彰 最優秀賞受賞>
理工学研究科 理工学専攻 電気電子工学コース 博士後期課程 3年
高野 聖仁

OVERTURE

顔の画像から血流の状態を解析し、体調や心の様子を推定する研究に取り組む高野聖仁さん。その研究成果は、電気学会での受賞をはじめ、学外からも高く評価されています。大学院での学びや支援制度、そして今後の展望について、お話を伺いました。

顔画像からの体調推定技術を大きく前進させた、事前学習モデル

理工学研究科理工学専攻・電気電子工学コースに所属し、野澤昭雄教授が主宰する「生体計測・感性工学研究室」で、顔の画像から体調を推測する研究に取り組んでいます。テレビ番組などで、顔の皮膚温度分布を色分けで可視化した画像をご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。私の研究では、まさにそのような顔の皮膚温度画像をもとに、体調が「良い」か「悪い」かを判別する技術の開発を目指しています。この技術はカメラで撮影するだけの非接触式で、遠隔からでも利用できるという特徴があります。日常的な健康管理はもちろん、職場や学校などでの体調モニタリング、さらには働き方改革や健康寿命の延伸といった社会課題の解決にもつながる、応用範囲の広い技術です。

このような技術を実現するために機械学習という手法を用いていたのですが、それには、「体調が悪い/良い/普通」などとラベル付けされた大量の顔の熱画像データが必要です。実験協力者を募って実際に顔画像を収集するには、時間も手間もかかり、大きな労力を伴います。こうしたデータ不足の壁をいかに乗り越えるかが、研究の成否を左右する大きな課題となっていました。この課題を克服するため、私は数学的モデルによって生成した「フラクタル画像」を機械学習の事前学習に活用し、少ないデータでも機械学習をうまく機能させる方法の研究に取り組みました。フラクタルとは、自然界でよく見られる複雑な自己相似模様で、生体の血管構造とも類似性があるといわれています。このフラクタル画像を大量に生成し、機械学習の事前学習に用いることで、実際に収集したデータが少なくても体調推定の精度を向上させることができました。この研究成果が評価され、「2023年 電気学会 電子・情報・システム部門 技術委員会奨励賞」を受賞することができました。

実験中の様子。複数の波長の顔面画像と血行動態指標を計測している

このように学会から評価をいただいた私ですが、研究室に所属した当初は、情報系の知識が足りておらず、推定モデルの仕組みを十分に理解できていませんでした。そこで、博士前期課程で開講されている「データサイエンティスト育成プログラム」を履修し、さらに電力中央研究所の情報数理グループでのインターンシップを通して、情報系の知識を身につけていきました。成長に必要な学びを得られる環境が青山学院大学に整っていたことが、現在の研究成果にもつながっています。

社会貢献という明確な目標を得て、研究に打ち込むことを決意

学部に入学した当初、自分がこのように研究に打ち込むようになるとは想像していませんでした。1〜2年次には、人見知りの克服を目標に掲げ、テーマパークでの接客アルバイトや相模原祭の実行委員としての活動に力を入れていました。多くの人と関わる経験を重ねるうちに、チームで目標を達成する喜びや、他者と協働することの楽しさを実感し、次第に、持ち前の旺盛な好奇心が外向きに発揮されるようになっていったのを覚えています。

意識が明確に転換したのは、3年次の終わりに野澤研究室への所属を決めたときです。顔画像を活用して健康状態を把握するという、社会課題の解決に直結するテーマに出会い、将来の目標が明確に見えてきました。それまで“内向き”だった関心の方向が、「この研究を通じて社会にどのような価値を提供できるか」という“外向き”の問いへと転じ、研究に本格的に取り組むべく博士前期課程への進学を決意しました。博士後期課程への進学にあたっては、就職時期の遅れやライフイベントへの影響、経済面の不安など、さまざまな迷いもありました。しかし、それ以上に研究の面白さと手応えが大きく、「自分でテーマを立ち上げ、世の中に役立つ技術を創出したい」という思いが勝りました。最終的に進学を決断し、現在はその目標の実現に向けて研究に取り組んでいます。

学部2年次、相模原際実行委員として、脱出ゲーム型アトラクション「イーゴの家」を企画運営。実行委員の経験は、現在、研究室でメンバーをまとめるのにも役立っている。後列中央が高野さん

AGU Future Eagle Projectでの手厚い支援制度と、支え合える仲間との出会い

迷いながら進んだ博士後期課程でしたが、本学の手厚い大学院生支援制度に支えていただいて、充実した研究生活を送ることができています。1年次には、助手として雇用される院生助手制度や若手研究者の研究に必要な費用を支援していただけるアーリーイーグル研究支援制度を活用し、学部の講義や実習のサポート業務を通じて実践的な経験を積むことができました。2年次以降は、博士後期課程学生支援プロジェクト「AGU Future Eagle Project(FEP)」から生活費と研究費の支援をいただくことができたため、経済的な不安を抱えることなく研究に専念できています。

次世代研究者挑戦的研究プログラムのワークショップで自身の研究を紹介

FEPでは経済的支援に加えて、他大学の学生と共同で取り組むワークショップも実施されています。文系・理系を問わず、さまざまな学生研究者と交流できるこの機会は、自分と同じような熱量で研究に取り組む仲間と出会える、とても貴重な体験でした。私の所属する野澤研究室は、学生同士だけでなく教員との議論も活発で、日ごろから良い雰囲気の中で研究に取り組めています。ただ、博士後期課程の学生は少ないため、他大学の同年代の学生と目標や悩みを共有できたことは、モチベーションの維持にも大いに役立ちました。ワークショップで会った仲間とは、今でも連絡を取り合っており、大きな心の支えとなっています。このような恵まれた環境の中で、「この支援に応えられるような研究をしたい」という思いも自然に強まり、研究に対する意欲と責任感がさらに高まりました。

また、大学の枠を超えた交流にも積極的に参加しています。電気電子工学分野の国際学会である「IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)」では、学生組織の実行委員として活動しており、現在は10月開催予定の異分野学術交流会の準備に取り組んでいます。私が研究に打ち込む原動力の一つには、中学2年生で経験した東日本大震災があります。福島県沿岸部で暮らしていた当時、震災後のストレスに苦しむ多くの人々を目の当たりにしたことが、「自分にも何かできることはないか」と考えるきっかけになりました。その思いは現在も変わらず、東北地方での津波避難場所の整備活動や、相模原市の防災フェスタへのボランティア参加など、防災や備災に関わる活動に積極的に取り組んでいます。このような学外活動での経験や人とのつながりは、自分自身を大きく成長させてくれる、かけがえのない学びの場だと感じています。

研究室の同期とともに湘南国際マラソンでフルマラソンに挑戦。右から2番目が高野さん

「技術によって社会をどう変えるか」をテーマに、研究は続く

現在は、顔画像を用いて長期ストレスを認識する研究にも取り組んでいます。体調推定に関する研究は先輩から引き継いだプロジェクトでしたが、長期ストレスの研究は、博士後期課程への進学時に掲げた「研究領域を一から切り拓く」という目標を実現する、新たな挑戦です。長期ストレスを扱う難しさは、体調のように短期的に変化する生理的応答とは異なり、変化が緩やかであるうえ、日常生活で蓄積されるストレス状態を実験室内で再現することが困難である点にあります。しかしこの難しさこそが、この研究が未踏の領域であり、新規性の高い取り組みであることを裏付けています。

新しい研究領域に踏み出すにあたり、まずは自分に不足している知識や技術を補うことから始めました。生理心理学会など、生体や医学系の学会に積極的に参加し、多くの先生方から助言をいただきました。さらに、野澤教授のご紹介で地方国立大学の研究室に滞在させていただき、内分泌ホルモンの生化学分析手法をご指導いただいたこともありました。試行錯誤を重ねる中で、現在は生理的な反応が生じてから元の状態に戻るまでの時間的な変数に注目することで、研究を前進させています。短期的な不調だけでなく、数日かけて回復するような長期的ストレス反応を顔画像から認識できるようになれば、将来的には疾患の予防や早期発見など、医療・健康分野への応用も期待できます。また、自覚されにくいストレスを可視化し、本人に気づきを与えるような技術は、多くの人が求めているものであり、社会的意義の大きいテーマだと確信しています。

UAEのハリーファ大学での国際学会(Asian Quantitative Infrared Thermography Conference)にて

学部時代には、自分の関心が内面から外の世界へと広がる、大きな転機がありました。そして大学院に進学して以降、「技術そのもの」に向けられていた関心は、「その技術を使って社会にどのような変化をもたらせるのか」という問いへと変化していきました。博士後期課程への進学時には、学術研究者としてのキャリアを志していましたが、次第に、学術的成果を積み重ねることと、実際に社会に変化をもたらすことの間に、ある種のギャップを感じるようになりました。そこで現在は、「技術を誰に、どのように届け、いかにして社会課題の解決につなげていくか」という、より広いプロセス全体に関わることを目標とし、博士後期課程修了後は、民間企業でのキャリアも視野に入れた新たな挑戦をしようと考えています。

学業成績優秀者表彰の表彰式にて、FEP等でお世話になっている理工学部長・黄晋二教授と

企業でのキャリアを選んだ場合、現在の研究テーマからは一時的に離れるかもしれません。しかし私は、技術とは一度生み出されれば、たとえ開発者がその場を離れても、人々の生活に影響を与え続ける力を持つものだと考えます。在学中に積み上げた研究成果も、いつか世界のどこかで誰かの手に渡り、継承されていくはずです。たとえ自らの立場や関わり方が変わったとしても、「技術を通じて社会に貢献する」という姿勢は、今後も変わることなく大切にしていきたいと考えています。

博士前期課程の卒業式で、野澤教授に感謝を込めて花を贈る

※リンク先の記事は、掲載当時の肩書き・所属を記載しています。

理工学部 電気電子工学科

青山学院大学の理工学部は数学、物理、化学といったサイエンスと、テクノロジーの基礎から最先端を学ぶ環境を整備しています。国際レベルの研究に取り組む教員のもと、最新設備を駆使した実験、演習、研究活動の場を提供するとともに、独自の英語教育を全7学科統一で実施。未来志向のカリキュラムにより、一人一人の夢と可能性を大きく広げます。
私たちの暮らしを支えている電気や電子、磁気。これらを制御し、応用することで社会に役立てるのが「電気工学」「電子工学」です。あらゆる産業に活用されており、さまざまなフィールドで日々技術革新が進んでいます。電気電子工学科では、進展するテクノロジーに対応していくための応用力と、新技術創出の源泉となる基礎力をバランスよく身に付けられるよう、多面的な学びに注力しています。

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