好奇心と意志を持って没入して学べば、言語の壁は「障壁」ではなく「段差」に過ぎない

掲載日 2026/2/19
No.382
国際政治経済学部
交換留学生(イギリス ケント大学)
デービッド・ボウマン
David Bowman

OVERTURE

チリ生まれイギリス育ちのデービッド・ボウマンさんは、日本経済の特異性を理解するため、青山学院大学に留学。「日本経済を体験したい」と、日本企業でのインターンシップにも挑戦。好奇心と徹底的な自己努力で経済学の学びに向き合い、学問的にも個人的にも成長を重ねました。

「退屈な経済学」に見出した美しさ

社会の仕組みを知りたいという興味は、幼い頃に父が観ていた第二次世界大戦のドキュメンタリーを通じて芽生えました。歴史に魅了された私は、国の興亡や世界を動かした決断、人々の物語に心を奪われていきました。しかし、大学進学の時には、もう少し現実的な選択を迫られました。歴史は魅力的だけれど、それだけで生活の糧を得るのは難しい。そう考えて私が選んだのが経済学でした。

イギリスの大学では、入学後すぐに専門課程が始まります。経済学を選んだ私は、ケント大学に入学した直後、その選択をどこか「妥協」のように感じていました。知的好奇心と実用性の間に落ち着く折衷案として選んだ経済学。正直に言えば、当時の私にとって経済学はとても退屈に思えたのです。果てしなく続くグラフ、複雑な数学的モデル、現実から遠く離れた抽象的な理論。そこにあるはずの面白さを見つけられず、ただ淡々とこなす学問のように感じていました。

私は早い段階で決心しました。「不本意な気持ちで過ごすより、好奇心を持って学ぼう」と。数式やモデル、理論に対して、まずは純粋な興味から向き合うことにしたのです。この小さな決心が、すべてを変えました。最初は乾いた統計分析にしか見えなかったものが、次第に人間の行動や社会の進歩、世界が動く仕組みを読み解くための「レンズ」に変わっていったのです。経済学は、人々の選択とその結果を描く学問であり、それは歴史を見る視点ととてもよく似ています。違うのは、物語の代わりに数字を使い、年表の代わりにグラフを使うという点だけ。そして私は、グラフを物語として読む方法を学びました。その瞬間、これまで「退屈な学問」と思っていた経済学のなかに、思いがけない美しさを見つけることができたのです。

経済的逆説という視点から日本を考察する

ノーベル経済学賞を受賞した経済学者、サイモン・クズネッツには有名な言葉があります。
「経済には4つのタイプがある。先進国、途上国、日本、そしてアルゼンチン。」この一文を初めて目にしたとき、私は衝撃を受けました。名目GDP世界第4位(2023年)の経済規模を持つ日本が、従来の先進国という枠組みに当てはまらないほど「特異な存在」として語られているからです。

では、なぜ日本は独自のカテゴリーを与えられるほど異質なのだろう?調べれば調べるほど、日本経済の不思議さに引き込まれていきました。教科書で学んだ理論とは、まったく異なる原理で動いているように見えたのです。

本来、イノベーションを阻害するとされる硬直的な労働市場は、実際には「ジャスト・イン・タイム」方式のような革新的な仕組みを生み出していました。長年の低成長は通常、衰退のサインと理解されます。しかし日本社会は驚くほど安定していて、生活の質も高い。伝統と革新が、経済モデルでは説明できない形で見事に融合している——それにもかかわらず、全体としてうまく機能しているのです。

そして、日本は経済だけでなく、私の身近な文化体験としても常にそばにありました。美味しい料理、子どもの頃に夢中で遊んだポケモン、兄が勧めてくれたアニメ。ネットで見た寺院や神社の建築は、自然と深く調和し、環境を征服するのではなく共存する美学を体現していました。

こうした「経済の謎」「文化の豊かさ」「独自の美意識」——これらの要素が、日本という国が独自の道を歩んできたことを鮮やかに物語っています。そして私は気づきました。日本経済を理解することは、異なる軌道をたどりながら社会が繁栄する方法を理解することでもあると。統計だけでは、この本質はつかみ切れません。実際に経験し、その社会の中に身を置く必要がある。私はそう強く感じるようになりました。

目黒川沿いに続く桜並木は、満開の季節の夜になると、華やかなピンク色のライトに包まれる。バスで通学していた私にとって、その光景は一日のハイライトだった。

日本とAGUへの道を受け入れる

ケント大学で、経済学部の「金融計量経済学コース」と「1年間の海外留学コース」のどちらかを選ぶ必要がありました。留学先の候補は、ドイツ、スペイン、そして日本の3か国。私にとって、答えはすでに見えていました。金融計量経済学は、自分で学び続けることができます。実際、今も興味を持って取り組んでいます。しかし、イギリスの大学の教室に座ったままでは、日本に「行く」ことはできません。どちらの経験が、代替のきかないものなのか?機会費用を考えると、その答えはとてもシンプルでした。

実は私は、ケント大学の経済学部で、約10年ぶりに日本への交換留学を選んだ学生でした。日本留学のプログラム自体は以前から存在していたにもかかわらず、長いあいだ誰も選んでこなかったのです。

青山学院大学について調べていくうちに、いくつかの魅力が際立って見えてきました。まず、1800年代にまで遡るメソジスト系のルーツ。その背景から、創立当初から国際的な視点を重視してきたことが分かります。さらに、渋谷という立地も大きな魅力でした。東京ならではの都市的なエネルギーを肌で感じながら学べる環境は、世界的に見ても貴重です。そして、オンラインで見た青山キャンパスの美しさに心を奪われました。世界でも有数の忙しい都市の中心にありながら、緑豊かなオアシスのような空間が広がっていたのです。

しかし、実際に日本へ到着して最も感動したのは、青山学院大学が交換留学生の体験をどれほど丁寧に設計していたかという点でした。画一的な対応ではなく、学生一人ひとりの状況や希望に合わせて、柔軟なサポートが用意されていたのです。例えば、住まいを自分で探したい学生には、その自由がしっかり保障されています。一方で、翻訳の支援や、日本の官公庁での手続きに関するガイダンスが必要な場合には、大学側が丁寧にサポートしてくれます。この柔軟さのおかげで、私も他の留学生も、それぞれ自分らしい形で留学生活を築くことができました。そして何より、必要なときにはいつでも相談できる人が国際センターにいるという安心感が、留学生活の大きな支えになっていました。

日本語で学ぶ経済学への挑戦

「日本語で経済学の授業を受講している」と話すと、多くの人が「勇敢だね」あるいは「無謀だね」と言います。正直、そのどちらも当たっているのかもしれません。しかし、この挑戦は、私の青山学院大学での留学生活において、間違いなく最も充実した経験のひとつになりました。

経済学の概念は、言語の壁があっても、グラフを共通言語にすれば理解できるのではないか、と考えるようになりました。グラフが示す「関係性」や「変化の方向」に着目すれば、言語的な説明を全て理解できなくても、基本的な理論を直感的に捉えることができるのではないか、と考えたのです。

とはいえ、統計学、マクロ経済学、計量経済学——これらは英語で学んでも十分に難しい科目です。まして日本語で学ぶとなれば、難易度はさらに跳ね上がります。それでも、先生方はとても寛容で、忍耐強くサポートしてくださいました。私自身も、日本語力が追いつかず理解できなかった部分を、ありとあらゆる自己学習で徹底的に補う努力を続けました。

私の日課はかなりハードなものになりましたが、同時に不思議なほど楽しくもありました。授業ではできる限り内容を聞き取り、その後はマクレイ記念館の図書館にこもって複数の教科書やオンライン資料を参考にしながら、理解できなかった箇所を一つひとつ再構築していきました。特に統計学は、この学び方を通じて非常に魅力的に感じられるようになりました。数式や図表がまるで物語そのもののように語りかけてくる——。そして、その物語から逆算して日本語の説明を理解していくプロセスは、とても新鮮な体験でした。

トピックスごとに授業外で何時間も自主学習を重ねる必要がありましたが、その時間を「苦労」と思うことはほとんどありませんでした。むしろ驚いたのは、その手間が学びを妨げるどころか、深める方向に働いたことです。理解するために何倍もの努力を重ね、複数の視点からアプローチすることで、もし英語で簡単に説明されていたら到達できなかったであろう、より深い理解にたどりつけたのです。

さらに、日本で学んだからこそ得られた視点もありました。イギリスの授業では、経済モデルの前提も、分析データも、イギリス経済を背景に構築されています。しかし、日本で学ぶ経済学は、その出発点からして異なっていました。例えば、デフレーションは理論上の概念ではなく、日本社会が実際に経験してきた問題として扱われること。また、日本企業は四半期ごとの利益よりも雇用の維持や長期的な安定を優先する構造を持つこと。労働市場はイギリスとはまったく異なる「社会的契約」のもとで運用され、企業と従業員の関係性が根本から異なっていること。こうした「日本というレンズ」を通して経済学を学ぶことによって、経済学への理解そのものが大きく広がりました。

日本語で経済学を学ぶという没入型の学びは、私にとって大きな転機となりました。十分な好奇心と意志があれば、言語の壁は「障壁」ではなく「段差」に過ぎない。この経験が、私にそう教えてくれたのです。

来日直後、行き先を決めず、東京の街をただ気の向くままに歩き回っていた日の一枚。隅田川沿いは気持ちのいいウォーターフロントではあったものの、一年でも指折りの猛暑日に出かけたのは、少し無謀だったかもしれない。

日本のビジネス文化のリズムを学ぶ

春休みと夏休みには、日本の大手人材企業でインターンシップ(インターン)を経験する機会に恵まれました。日本語が十分に話せない外国人留学生にとって、インターン先を見つけるのは決して簡単ではありません。それでも、来日から半年後の春休みに幸運にも受け入れていただき、さらに前期授業を終えた後、帰国前の夏休みには2回目のインターン参加まで招待していただきました。

日本の職場は、海外の評論家が語る姿と重なる部分もあれば、まったく異なる面もありました。確かに勤務時間は長いものの、ヨーロッパのメディアでよく描かれるような「魂をすり減らす環境」とは程遠いものでした。同僚たちは温かく助け合い、仕事にはやりがいがあり、日々の業務からは明確な目的意識が感じられました。

特に印象的だったのは、「言語の壁」は思っていたほど大きな障壁ではなかったことです。社員の方々の多くはカリフォルニアやシカゴなどでの海外経験があり、必要に応じて自然に翻訳を手伝ってくれました。コミュニケーションが難しい場面では、ジェスチャーや文脈で補うこともできました。そしてそれ以上に、職場には「普遍的な言語」とも言える能力・努力・姿勢が存在していることを学びました。好奇心を持ち、真剣に取り組む姿勢を態度で示すことで、言葉を超えた信頼関係やコミュニケーションが生まれるのです。

このインターンを通して、日本のビジネス文化を内側から理解することができました。合意形成を重視する姿勢、細部へのこだわり、短期的な成果よりも持続可能な関係づくりを大切にする長期的思考——どれも、金融や銀行業に関心を持つ私にとって非常に大きな学びでした。

また、「実体経済」の現場で働いたことで、金融市場がどのように生産活動と結びついているのか、その仕組みについて実感を伴って理解できるようになりました。そして、日本独自の価値観や問題解決のアプローチ、ビジネスの在り方を体験的に学んだことで、これまでヨーロッパで培ってきた視点とは異なる「もう一つのレンズ」を得ることができたのです。

夏のインターン期間中、青山キャンパスの図書館前で撮ったビジネススタイル。クールビズが認められていたが、仕事への個人的な敬意を込めて、あえてネクタイを着用していた。

日本での学びが進歩への見方をどう変えたか

私が最も好きな日本語の表現は「しょうがない」です。英語では “It can't be helped” と訳されますが、日本語の「しょうがない」には、もっと深い哲学があるように感じます。それは諦めではなく、「自分ではどうにもできないことを受け入れ、それでも前に進む」という姿勢です。

日本での生活は、私の「進歩」や「困難」に対する見方を根本から変えてくれました。来日前の私は、イギリスが抱える課題——住宅危機、公共サービスの低迷、政治の混乱——に対して苛立ちを募らせていました。他国の成功例と比較するほど、自分の国の良い面が見えなくなる。そんな悪循環に陥っていたのです。「なぜ東京のように効率的な公共交通機関がないのか?」「なぜ明らかに解決できそうな問題が、何十年も放置されているのか?」そんな批判ばかりが頭を占めていました。

しかし、日本での生活を通して、「憧れのフィルター」を通さずに現実を見て理解したのは、どの国にも美しい側面と、そうでない側面があるという当たり前の事実でした。

日本の電車は時間通りに運行しますが、それを支える労働文化には過酷な面もあります。街は安全で清潔ですが、社会的なプレッシャーは息苦しいこともあります。コンビニは驚くほど便利ですが、変化への抵抗も根強く存在します。日本が克服した問題は、イギリスが今も苦しんでいるものかもしれませんし、逆もまた然りです。「完璧な国」など、どこにもない。
それは遠くから見ていては分からなかったことでした。

日本に暮らし、日本の戦後復興や経済史を学ぶ中で、私は気づきました。進歩とは、ゆっくりで、混沌としていて、予測できないものだということ。永遠に続きそうに思える問題も、明日には思いがけない方法で解決されるかもしれない。この気づきが、イギリスに対する苛立ちを「忍耐強い楽観」へと変えてくれました。かつて私は、イギリスの古い建物を「時代遅れ」と感じていましたが、今では違います。そこに人が暮らし、生活が続いているという事実こそが、「進歩の証」なのだと感じるようになったのです。たとえ変化に何十年かかったとしても、それは前に進んでいる証です。

遠くから他国を眺めると、成功だけが目に飛び込んできます。しかし実際に住んでみると、どの社会も「未完成の作品」であることに気づきます。完璧ではない。でも、だからこそ美しい。

青山学院大学で学んだことは、経済学の知識や日本語力にとどまりません。それは、世界の見え方そのものを変える視点でした。「一歩引いて全体像を見る力」「不完全さの中に美しさを見出す力」「苛立ちではなく好奇心をもって困難に向き合う力」——日本で過ごした時間は、こうした「ものの見方」を育ててくれました。

イギリスに帰国するとき、私は寺院を訪れた思い出やコンビニでの買い物だけでなく、世界の見方そのものを持ち帰ることになるでしょう。来日当初、私は日本経済の逆説的な不思議さに対する答えを探していました。しかし、もっと価値のあるものを見つけました。

完璧な制度も、最終的な解決策も存在しない。あるのは、より良いものを築こうとする人間の絶え間ない努力だけ。そして、その努力の中にこそ、混沌とし、不完全で、時に苛立たしい「本当の美しさ」があるのです。

デービッドさんの時間割
数理統計Ⅰ 数理統計Ⅱ マクロ経済学Ⅲ マクロ経済学中級Ⅰ[英語講義] Economic and Industrial Development Policy in Postwar Japan[in English] 数理統計Ⅰ 数理統計Ⅱ 各国経済論AⅠ 計量経済学上級Ⅰ
MON 2 11:00 a.m〜12:30 p.m 数理統計Ⅰ数理統計Ⅱ
5 16:50 p.m〜18:20 p.m マクロ経済学Ⅲ
3 15:05 p.m〜16:35 p.m マクロ経済学中級Ⅰ[英語講義]
WED 1 9:00 a.m〜10:30 p.m Economic and Industrial Development Policy in Postwar Japan[in English]
THU 2 11:00 a.m〜12:30 p.m 数理統計Ⅰ数理統計Ⅱ
5 16:50 p.m〜18:20 p.m 各国経済論AⅠ
6 18:30 p.m〜20:00 p.m 計量経済学上級Ⅰ

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