ページの上の日本が現実に。「文化を映す窓」が開いた留学生活

掲載日 2026/5/7
No.391
文学部交換留学生
(ウクライナ タラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学)
イェリザヴェータ・フマールシカ
Yelyzaveta Khmarska

OVERTURE

イェリザヴェータ・フマールシカさんは、キーウ国立大学で日本語を学ぶ中で、日本の作家の作品に魅了され、日本文学に通じる普遍的なテーマを探し続けてきました。これまで本の中でしか知ることができなかった日本で生活して、文学が文化を映し出す窓であることを実感しています。

文学は「異文化を理解するレンズ」

私が日本文化に興味を持ちはじめたきっかけは、多くの人と同じく、子どもの頃にテレビで見ていたアニメでした。しかし、本当に私の心をつかみ、やがて東京へと向かう道につながったのは「文学」でした。また、10代の頃には、『羅生門』や『東京物語』といった映像作品にも出会いました。モノクロ(白黒)で、長い沈黙が続く、今の感覚からすると少し異質にも思える映画です。それでも、どこか心に強く残るものがありました。何年経っても、特定のシーンや、そのとき呼び起こされた感情を思い出せるほどでした。

タラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学(キーウ国立大学)で日本語・日本文学を専攻したことで、私はウクライナと日本という遠い距離を超えて、深く共鳴する数多くの作家に出会いました。なかでも早い時期に強い印象を受けたのが、芥川龍之介の『歯車』や『河童』です。最近では、坂口安吾の『桜の森の満開の下』や、国木田独歩の作品集が、社会や人間の在り方について新たな考えを呼び起こしてくれました。

私が日本文学に引かれる理由のひとつは、作家たちが「自分のまわりの世界」とどう向き合っているかが、作品から鮮やかに伝わってくる点です。たとえば夏目漱石の『こころ』は、明治という時代、西洋文化と日本の伝統がぶつかり合う転換期と深く関わっています。主人公は、急速に変わりゆく社会の中で揺れ動き、戸惑い、変化にどう向き合うべきかを模索します。その感覚は、今の私たちにも通じる普遍的なものです。一方で、『こころ』には日本固有の歴史的背景が織り込まれており、それは他の国の文学には見られない独自性を形づくっています。

学びを重ねる中で、私は文学を単なる娯楽や芸術としてだけでなく、「異なる文化が同じような人間経験をどう捉えてきたのかを理解するための『レンズ』」として見るようになりました。たとえ考え方が合わない作家であっても、そこから得られる気づきは多くあります。日本とウクライナの社会が、時代を超えて似た課題を抱いてきたことを気づかせると同時に、これまで当たり前だと思い込んでいた自分自身の世界観の前提を見直すきっかけにもなりました。

筑波山から関東平野を見渡した

「言語=ひとつの世界」として選んだ日本語

17歳の頃、大学で何を学ぶかを考えていた私は、「語学の道に進みたい」と思っていました。昔から言語そのものに強い関心がありましたが、どの言語を選ぶかは、その言語を取り巻く文化や歴史、文学まで含めた「一つの世界」を選ぶことだと感じていたのです。ウクライナでは、外国語を学ぶ際、フランス語・ドイツ語・英語が一般的な選択肢で、私もある程度は学んだ経験がありました。だからこそ、もっと違う世界に触れられる言語、自分にまったく新しい視点を与えてくれる言語を学びたい、そう思ったのです。そして私は、日本語を選びました。

キーウ国立大学では、3年間、日本語や日本文学、言語学、翻訳について学びました。授業の多くは、日本での生活や留学経験を持つウクライナ人の先生が担当していましたが、日本人教員による授業もありました。また、青山学院大学をはじめとする日本の大学とのオンライン交流もあり、日本に触れる機会は幅広いものでした。学びを深める中で強く感じたのは、「教科書の中で知る日本」と、「実際に日本で暮らして肌で感じる日本」はまったく別物なのではないか、ということです。文化というものは、どれだけ長く勉強しても、その国に身を置き、自分の目で確かめる経験にはかなわない——そう気づいたのです。

青山学院大学のことは、私より前に留学していたウクライナ人学生から話を聞いて知っていました。また、青学の学生とのオンライン交流に参加したとき、「この大学で学ぶ」ということがどのようなものか、イメージがつかめました。そして今、実際に留学してみて感じるのは、青学には他では得られない学びの機会や授業、そして多様な考え方に触れられる環境があるということです。特に図書館(マクレイ記念館)は私にとって欠かせない場所です。ほぼ毎日のように通っていますが、探している研究資料はいつも見つかりますし、ウクライナでは手に入らない貴重な英語の文献も豊富にあります。

「遠くから眺める読書」から「物語に参加する読書」へ

来日前は、東京や京都を舞台にした小説に登場する地名に、どこか距離を感じていました。調べれば情報は出てきますが、実際の風景として思い描くのは難しいことでした。しかし、今は状況がまったく違います。東京の街並みや、日本で訪れた名所の景色とイメージが、頭の中にはっきりと浮かびます。物語の中で「主人公が人生の半分を銀座で過ごした」と書かれていれば、具体的に思い描けるようになりました。銀座の雰囲気も、通りの様子も、その空気感も。

今では日本文学を読むと、以前のように「遠くから眺める」感覚ではなく、その物語の世界に「自分が身を置いている」ように感じられます。作家が描く経験や感情も、今の自分自身の生活と重なる部分が多く、以前よりずっと深く理解できるようになりました。そして、文学作品の中で地名を見つけると、私はそれをリストに書き加えています。少しずつ、自分だけの「日本の読書地図」を作っているところです。

週末に、日本を旅する時間は、わくわくする経験の連続です。まず、ムーミンの大ファンなので、埼玉県にあるムーミンバレーパークに行けたことはとても嬉しい体験となりました。京都では、数えきれないほどの歴史的な名所を実際に自分の目で見て回り、「私は今まさに日本を体験しているんだ」と実感しました。

念願のムーミンバレーパーク

なかでも印象に残っているのが、栃木県の県庁所在地の宇都宮を訪れたときのことです。長旅の途中で立ち寄っただけでしたが、その街は私の故郷ドニプロ(ウクライナのドニプロペトロウスク州の州都。ウクライナ屈指の重工業都市)を思い出させました。高層ビルが立ち並び、にぎやかな通りがありながら、人々が穏やかに日常を営んでいるところが似ていたのです。中心部を歩くと、観光客のいない静かなエリアがあり、地元の人だけが訪れるお寺や、並木道の穏やかな遊歩道が続いていました。

私が宇都宮を気に入ったのは、そこが観光地ではなく、普通の人々が暮らす普通の街のように感じられたからです。その街をただ歩いたという記憶だけで、有名な観光地を訪れたときと同じくらい幸福に感じられます。静かで穏やかな街の様子をただ観察している、それだけの瞬間こそ、最も深く心に響くものなのです。

レトロな佇まいの奥に人々の生活が息づいている――宇都宮で心に残った風景

青山学院の園児たちと踊ったウクライナの伝統舞踊

青学で学ぶ中で、特に大きな喜びだったのは、青山キャンパスのインターナショナルコモンズで日本の文化を自分の目で体験しながら、同時にウクライナの文化も発信できたことです。大学の文化交流イベント「グローバル・ヴィレッジ」では、ウクライナ出身の学生3人でブースを出しました。来場者に、ウクライナで使用されているキリル文字で名前を書いてもらったり、「願いのブーツ」にメッセージを入れてもらったり、ウクライナのオートミールクッキーを味わってもらったりと、さまざまな形でウクライナ文化に触れてもらいました。また、日本とウクライナの意外な共通点を紹介する展示も用意しました。たとえば、「日本の侍」と「ウクライナのコサック」に見られる精神性の類似や、どちらの国でも桜の木が文化的に深い意味を持つことなどです。ウクライナでは、タラス・シェフチェンコをはじめ多くの詩人が「ヴィシュニャ(さくらんぼの木)」を詩の象徴として描き、日本では桜が文化の中心にある——そんな共通性を来場者に伝えることができました。

ウクライナの伝統的な民族衣装、刺繍入りシャツ「ヴィシヴァンカ」を着て参加したグローバル・ビレッジ

その日一番のハイライトは、青山学院幼稚園の園児たちにウクライナの伝統的なダンス、輪になって踊る「ポドリャーノチカ」を教えたことです。園児たちは始まる前こそ緊張していた様子でしたが、あっという間に振付を覚えて、すぐに夢中になって踊り始めました。輪の真ん中に入る役をやりたいと、何人も手を挙げるほどの盛り上がりでした。ウクライナの伝統が日本の子どもたちに笑顔を届けたあの瞬間は、私にとって忘れられない大切な思い出になりました。

インターナショナルコモンズは、私にとって「行きつけ」の場所になりました。留学生と日本人学生が気軽に交流できるイベントが頻繁に開かれていて、自然と新しいつながりが生まれる場所です。日本人学生が思っていた以上にオープンに話しかけてくれることも、とても嬉しい驚きでした。

さまざまな国の留学生たちと交流しながら参加したグローバル・ビレッジ

また、青学公認サークル「青山珈琲愛好会」にも参加しており、プロの方からドリップコーヒーの淹れ方やラテアートを教わるなど、学問とは異なる角度から日本文化に触れられる貴重な機会になっています。また、インターナショナルコモンズで開催された「コーヒーワークショップ」では、サークルメンバーとして運営に協力しました。コーヒーの専門家によるレクチャーを受けた後、私たちがその場でハンドドリップし、参加者の皆さんに淹れたてのコーヒーを楽しんでいただきました。こうした課外活動は、新しい人と出会い、友人関係を築く大きなきっかけにもなっています。

こうした課外活動を通じて、新しい友人とも出会うことができました。日本人の友人ができたことで、青学での生活は一段と豊かなものになりました。友人たちと一緒に東京を歩いたり、街を探索したりしていると、観光客としてではなく、「この街の一員として過ごしている」という実感が自然と深まっていくのです。

「普遍」は文脈によって変わる——前提を問い直すという学び

日本で暮らす中で、自分の知識や経験が、より大きな世界の中でどのような位置にあるのかを、改めて考えるようになりました。ウクライナで育ち、自分なりのナショナル・アイデンティティーを形づくり、国の歴史や人々が直面してきた困難を理解してきた経験は、私にとってとても大切なものです。日本での生活は、それを変えたわけではありません。ただ、母国にいるだけでは触れることのできなかった視点へと、私の視野を静かに広げてくれました。

特に印象に残っているのが、「日本政治論Ⅱ[英語講義]」の授業で得た学びです。ウクライナと日本は、地理的条件や文化、歴史も大きく異なります。ウクライナで育った私は、その経験をもとに両国の政治課題を見てきましたが、日本の政治を学ぶことで、同じテーマであっても、国の置かれた状況、歴史をはじめとする様々な背景によって、捉えられ方が大きく変わることを実感しました。エネルギー政策や防衛政策のように複雑なテーマについても、異なる背景を持つ人たちと同じ教室で学び、対話を重ねる中で、人間の経験がいかに多様であるかを、より立体的に捉えられるようになりました。

こうした経験が、将来ウクライナの教育に貢献したいと考える理由につながっています。アジアの文化を学び、日本で生活した経験は、私の世界観を大きく広げ、そして確実に豊かにしてくれました。ほかの国の人々がどのように世界を見ているのかを深く知ることは、自分自身を否定することではありません。むしろ、自分がどこから来て、どこに立っているのかを、よりはっきりと理解する助けになるのだと感じています。人間としての基本的な経験は世界中で共通していても、その受け止め方や判断は、文化や歴史的な背景によって大きく異なります。だからこそ将来は、ウクライナでの教育を通して、知っている世界の外へと目を向け、物事をより深く、より広く考える視点と出会える人を増やす手助けができたらと考えています。

文化との出会いが導いた、自分自身と世界への新しい視点

言葉の壁も、私にとっては大きな学びのひとつでした。来日前から、日本語の文法は理解できていましたし、難しい文章を読むこともできました。しかし、会話だけは、いざ話そうと思うとまったく言葉が出てこなくなり、日本語を話すことが本当に怖かったのです。

ところが来日後、クラスメートや先生、街で出会う人たち、さらに英語が得意ではない留学生とも、日本語で話さざるを得ない場面が次々と訪れました。言葉を思い出せなかったり、話す前に文を組み立て直したりすることはあります。それでもウクライナにいたときのように「間違えるのが怖くて話せない」という状態ではありません。「暴露療法」のような、つまり不安や恐怖を感じる対象・状況に意図的に向き合い、「慣れ」や消去学習を促すこの経験のおかげで、会話力は本当に大きく伸びました。そして何より、日本語を話すことが怖くなくなりました。

新たに芽生えた自信は、日本語だけではありません。初めてお寺を訪れたとき、厳粛な雰囲気に圧倒され、敬意を示したいと思いながらも、参拝の作法が分からず、結局、中に入れずに引き返したことを覚えています。しかし今では、知識や経験がないことを理由に不安に押しつぶされることはありません。知らない場所にも自分から飛び込み、必要であれば周りの人に声をかけ、やったことのないことにも積極的に挑戦できるようになりました。

私は自分の生まれ育った文化に強い愛着があるので、将来はウクライナを拠点に仕事をしていくつもりです。そして数年後、もっと日本語に自信がついたときに再び日本に戻り、働きながら「日本という国を取り巻く文化や歴史、文学まで含めた『一つの世界』」に対する理解をさらに深めたいとも思っています。今はまだ、日本語が堪能ではないので、挑戦できずにいることが多いと感じています。だからこそ、もっと力をつけてから戻ってきて、日本の人たちにウクライナ文化をしっかり伝えたり、広い意味での「アジア社会の一員として生きる」ことを学んだりしたいのです。

「ムーンアートナイト下北沢 2025」のシンボル、ルーク・ジェラム作《Museum of theMoon》。直径7メートルの月が、クレーターの細部まで再現されている

日本に留学した経験は、「自分の国をもっとよく知りたい」という気持ちにも火をつけてくれました。日本で一人旅を楽しみながら、その土地らしさを自分で探しに行くことが好きなのだと気づきました。日本でそれができたのだから、ウクライナでも同じように、自分の文化を巡る旅ができるはず。だから今、ウクライナに帰ったら国内をもっと深く旅してみようと、少しずつ計画を立て始めているところです。

現在、交換留学の最終段階で、帰国を意識し始めた今、私が手にしているのは、知識やスキル以上に大切な学びです。それは、「複数の真実を同時に受け止められるようになること」です。ある場所では当たり前に成り立つ考え方が、別の場所では通用しないこともある。人間としての基本的な経験は世界共通でも、その受け止め方や反応は、文化や背景によって大きく異なる。そして文化に対する真の理解は、現地で暮らし、間違え、質問し、ときには自分の価値観が揺さぶられるプロセスを受け入れることで、初めて深まっていくのだと気づきました。

日本の小説に登場する地は、もはや紙上の単なる言葉ではありません。自分の足で歩き、実際に訪れた街並みであり、肌で感じた空気そのものになりました。そして、日本文学が問いかける「変化」や「アイデンティティー」、「伝統」と「現代」の関係といったテーマも、もはや抽象的な概念ではなく、私が日々の生活の中で向き合っている現実として立ち上がってきています。文学が現実と重なり、そして実体験が文学をさらに深く味わわせてくれる。その意味が、今の私にははっきりと理解できるようになりました。

イェリザヴェータさんの時間割
日本語(4F)A Introduction to Sociolinguistics[英語講義] 日本文学演習2[1] 翻訳演習2 English Studies A[英語講義] 日本文学特講2[1] 日本語(4F)C 日本政治論2[英語講義] 日本語(4F)D ことばの研究A
MON 1 09:00 a.m〜10:30 a.m 日本語(ⅥF)A
2 11:00 a.m〜12:30 p.m Introduction to Sociolinguistics[英語講義]
4 15:05 p.m〜16:35 p.m 日本文学演習Ⅱ[1]
5 16:50 p.m〜18:20 p.m 翻訳演習Ⅱ
TUE 2 11:00 a.m〜12:30 p.m English Studies A[英語講義]
5 16:50 p.m〜18:20 p.m 日本文学特講Ⅱ[1]
WED 1 9:00 a.m〜10:30 a.m 日本語(ⅥF)C
2 11:00 a.m〜12:30 p.m 日本政治論Ⅱ[英語講義]
THU 1 09:00 a.m〜10:30 a.m 日本語(ⅥF)D
3 13:20 p.m〜14:50 p.m ことばの研究A

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