日本留学で得た静かな自信。世界はより広く、手の届くものになった

掲載日 2026/8/31
No.412
総合文化政策学部 交換留学生
(イギリス オックスフォード・ブルックス大学)
ジャゴダ・スフィアーチェック
Jagoda Swierczek

OVERTURE

ポーランド生まれ、イギリス育ちのジャゴダさん。ポーランド語と英語のバイリンガルとして育ち、自らの世界地図に新たに「日本」を加えるべく青山学院大学に交換留学しました。東京での寮生活や異文化との出会いを通じて、彼女は何を感じ、どのように成長したのでしょうか。

ヨーロッパの2つの文化の間で育って

私はポーランドで生まれましたが、1歳のときに家族とともにイギリスへ移住しました。それ以来、大学進学までの学校教育はすべてイギリスで受けています。育ったのは、イングランド中部、ロンドンから北へ約120kmの場所にあるコービーという町です。

一方で、ポーランドも私にとって大切な故郷であり続けています。家ではポーランド語で会話し、毎年家族で親戚に会いに帰省していました。そのため、2つの言語と文化のあいだを行き来することをごく自然なものとして育ってきました。帰省の際は、たいてい車でヨーロッパ各国を横断しました。フランスやベルギー、オランダ、ドイツを通り、時にはイタリアまで足を延ばすこともありました。振り返ると、その経験が「見知らぬ場所を旅する感覚」を育んでくれたのだと思います。慣れない土地で過ごし、その土地の空気やリズムを少しずつ知っていくことは、私にとってごく自然な経験でした。そうした経験は、やがて言語への関心にもつながっていきます。11歳でイタリアを訪れて以来、イタリア語やドイツ語、フランス語、最近では韓国語にも触れてきました。さまざまな言語を学んできた経験は、日本語の発音を身に付けるうえでも役立っていると感じています。

アニメの向こうに広がる日本

私と同世代の多くの人と同じように、日本に初めて強い関心を持ったきっかけはアニメでした。初めて日本語を聞いたとき、その響きに強く引かれたのを覚えています。英語のような鋭さもなく、ポーランド語のような強い子音も感じられず、とてもなめらかに流れていくように聞こえたのです。当時、私が通っていたイギリスの学校で学べる外国語はフランス語とスペイン語だけでした。どちらも英語に比較的近い言語だったため、私はもっと根本的に異なる言語を学びたいと思うようになりました。そんな私にとって、日本語はとても魅力的な言語だったのです。

印象に残っている作品のひとつが、『Free!』というアニメです。私を引きつけたのはストーリーだけではありませんでした。学校までの道のりや、生徒たちの日々のルーティン、ごく普通の一日の静かな空気感。作中で描かれる日本の日常そのものが、とても魅力的に映ったのです。当時の私にとって、それは見たことのない異文化である一方、どこか親しみも感じる世界でした。後になって知ったのですが、『Free!』に登場する大学のキャンパス風景は青山学院大学の青山キャンパスによく似ていると言われているそうです。実際に青山キャンパスを歩いたとき、アニメで見覚えのある雰囲気の正門やメインストリートによく似た場所を見つけて、不思議な縁を感じました。

16歳のとき、シックスフォーム(イギリスの大学進学準備課程)に在籍していた頃、私は独学で日本語の基礎を学び始めました。YouTubeでひらがなやカタカナを学び、空いた時間に少しずつ文字を覚えていきました。当時は明確な目標があったわけではなく、ただ純粋に日本語を学ぶことが楽しかったのだと思います。

その後、大学で何を学ぶかを考える中で、日本語の勉強から少し離れた時期もありました。子どもの頃から絵を描き、バレエやK-popダンス、ミュージカルに親しんできたこともあり、当時は俳優を目指すことも考えていたからです。しかし両親と将来について話し合ううちに、俳優という道は自分にとって最善の選択ではないのかもしれないと思うようになりました。そんなとき、両親から「日本語を学ぶ道を考えてみたらどうか」と勧められました。すでに独学で基礎を身に付けていたこともあり、その提案はごく自然なものとして受け止めることができました。

オックスフォード・ブルックス大学の日本研究コースについて調べたとき、カリキュラムに1年間の日本留学が含まれていることを知りました。その瞬間、何かが腑に落ちたような感覚がありました。日本語を学びながら、実際に日本で生活し、その文化を体験できる。それこそが、私の求めていた学びの形だったのです。振り返ってみると、それが進路を決める大きな決め手になったと思います。

東京での暮らしを求めて、青山学院大学へ

留学先を検討する頃になると、私の大学には日本国内に約16の協定校があり、その中から1校を選ぶ必要がありました。最初に思い浮かんだのは京都です。歴史ある都であり、寺社が残る伝統的な街並みに魅力を感じていました。しかし、じっくり考えるうちに、自分は都会での生活を経験したいのだと気づきました。私はイングランド中部のコービーという町で育ち、その後はオックスフォード・ブルックス大学のあるオックスフォードで暮らしていました。どちらも魅力的な場所ですが、東京のような巨大都市とは異なります。だからこそ、一度は世界有数の大都市である東京で暮らしてみたいと思いました。そこで、留学先を東京の大学に絞ることにしたのです。

青山学院大学を第一志望に決めたのは、イギリスに交換留学していた青学生に勧められたことがきっかけです。クラブ活動や立地、キャンパスの雰囲気について話を聞き、自分でも調べるうちに、その魅力に強く引かれていきました。特に印象的だったのは、東京の中心部に位置する青山キャンパスの環境です。また、日本語の授業だけでなく、英語で履修できる科目が充実していたことも魅力でした。日本について学びながら、自分の関心のある分野も深められる。そんな学びの環境に、大きな可能性を感じました。

来日するまでは想像していなかったのですが、青山学院大学のキャンパスはすぐに居心地の良い場所になりました。中でもインターナショナル・コモンズは、留学生活の拠り所のような存在です。モダンでありながら温かみがあり、木のぬくもりと落ち着いた空気に包まれています。そして何より、日本人学生と留学生が自然に同じ空間で過ごしているところが気に入っています。それが、私にとって心地よく感じられる理由の一つなのかもしれません。授業の合間には、友人たちとインターナショナル・コモンズで過ごすことがほとんどです。

寮の近くで友人たちと。“izakaya” は、私が日本で体験してみたかった文化の一つです

日本で暮らし、日本の文化を自分のものにしていく

来日後、最初に感じたカルチャーショックは、何か一つの大きな出来事ではなく、小さな違いの積み重ねでした。電車の中で話すこと、人前で電話をすること、歩きながら飲食をすること。イギリスではごく日常的な行動ですが、日本では控えることがマナーとされています。以前、日本人の友人に「イギリスにもたくさんのルールがあるんだね」と言われて驚いたことがあります。地元にいると、そうしたことを意識する機会はほとんどありません。しかし日本に来てみると、その立場が逆転しました。周囲には多くのマナーや暗黙のルールがあり、その多くは私にとって当たり前ではありませんでした。とはいえ、そうした違いには自然と順応することができました。もともと公共交通機関で大きな声で話すこともなかったので、東京の電車の静けさは窮屈どころか心地よく感じられました。一方で、今でも少し戸惑うのが横断歩道です。車が来ていなくても赤信号では決して渡らないという徹底ぶりには驚かされます。授業に遅れそうなときは、今でも思わず渡りたくなる気持ちと戦っています(笑)。

来日して間もない2025年度後期、授業中に行われた緊急地震速報訓練*。地震の少ないイギリスで育った私にとって、日本ならではの新しい体験でした
*緊急地震速報を活用し、その場で身を守る行動を学ぶ「シェイクアウト訓練」

冬休みにイギリスへ帰省したときには、自分の中に小さなお辞儀をする習慣が身についていることに気づきました。また、「please」や「thank you」を口にする機会も以前より増えていました。さらに、公園で友人がタバコを取り出したとき、思わず注意しそうになったこともありました。しかし直後に、「イギリスでは特に問題のないことだった」と気づき、はっとしたのを覚えています。こうした逆カルチャーショックは、不思議と心地よく感じられました。それは、日本がすでに自分の中の「当たり前」として根づいていることを実感する瞬間だったからです。

自動販売機はイギリスにもありますが、推し活グッズを扱うものは見たことがありませんでした。日本では自動販売機が単なる買い物の手段ではなく、ファン文化の一部にもなっていることに驚きました

青山学院大学で履修した授業の中で特に印象に残っているのは、意外にも「イギリス事情Ⅱ[英語講義]」です。日本人学生がイギリスの文化や歴史について学ぶ教室で、私が唯一のイギリス出身者だったことも興味深い経験でした。授業では、イギリスを代表する小説家ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』や『ノーサンガー・アビー』などを取り上げました。『高慢と偏見』は以前から大好きな小説だったので、この授業を受けられることをとても楽しみにしていました。自国について海外で学ぶという不思議な感覚があり、自分の体験や考えをクラスで共有する機会にも恵まれました。

また、シェイクスピアの『ハムレット』を扱う「イギリス文化特講Ⅰ(1)[英語講義]」では、イギリスで受けてきた教育とは異なる宗教的な視点から作品を読み解く機会がありました。同じ作品でも、国や教育環境によって見え方が変わることを実感しました。また、「メディアスタディーズⅠ[英語講義]」では、洞窟壁画の時代から現代に至るまで、人間のコミュニケーションの歴史を学んでいます。

日本語の授業は決して簡単ではありません。私はCEFR C1(ヨーロッパ言語共通参照枠の上級レベル)に相当するクラスを指定されています。授業についていくのに苦労することもありますが、予習や復習を重ねた結果、確かな成長も感じています。コンビニやレストランでのやり取り、そしてキャンパスで日本人学生と交わす何気ない会話の中で、自分の話す力や聞く力が向上していることを実感する場面が増えました。

授業以外の時間には、できるだけ多くの場所を訪れ、日本各地を知ることを一つの目標にしてきました。秋には友人たちと長野のSNOW MONKEY RESORTを訪れ、温泉に入るサルを見に行きました。赤やオレンジに色づいた紅葉の中を歩きながら山を登った時間は、今でも印象に残っています。11月には京都、クリスマスには北海道、2月には母校の友人に会うため名古屋に、最近では熱海を訪れましたが、どの旅も新しい発見の連続でした。特に驚いたのは移動のしやすさです。新幹線のおかげで、イギリスなら遠く感じる距離も気軽に移動できます。旅を重ねるたびに、日本が多様な表情を持つ国であることを実感し、自分の世界も少しずつ広がっていったように感じています。

京都の金閣寺で味わった抹茶。イギリスでも抹茶は親しまれていますが、日本の抹茶はより繊細で自然な風味が感じられ、とても印象に残っています

私が暮らしている寮もとても国際色豊かで、日本人のほか、アメリカやヨーロッパをはじめ世界各地から集まった多くの交換留学生たちと共に生活しています。留学前は、日本人学生との交流が生活の中心になるのだろうと思っていました。しかし、実際には、留学生と日本人学生のコミュニティーは必ずしも自然に重なり合うわけではなく、寮でも言葉の壁を気にせず語り合える留学生同士で過ごす時間が想像以上に多いことに気づきました。それでも、さまざまな交流の機会を通して、日本人学生とも友人関係を築くことができました。振り返ってみると、寮で出会った世界中の友人たちとのつながりは、この留学における思いがけない贈り物だったように思います。

交換留学生の仲間たちと訪れた横浜中華街

これからへとつながる、静かな自信

日本で約1年を過ごして、自分の中で一番はっきりと感じている変化は、内面的なものです。来日するまで、一人で飛行機に乗ったことがありませんでした。休暇中にイギリスへ帰省し、その1か月後に再び東京へ戻ってくることも、私にとっては初めての経験でした。また、まだ習得中の日本語を使いながら、東京都内から京都を一人で移動し、複雑な駅構内やホームでの乗り換えをこなしたこともあります。大きな視点で見れば、どれもささやかな出来事かもしれません。それでも、一つ一つの経験は、自分が思っていた以上に大きな意味を持っていました。そしてそのたびに、「自分はちゃんと、この世界を自分の力で進んでいけるんだ」と感じるようになったのです。

大阪旅行の帰路、関西国際空港(KIX)にて

自立したことで、自分自身の可能性に対する考え方も大きく変わりました。ここで身につけた力は、気づかないうちに養われたものも多く、日本での生活だけでなく、これから先の人生でも役立つものだと感じています。たとえば、自分で生活のリズムを整えること、近くに両親がいない状況で問題を解決すること、週末の予定を自分で決めて実行に移すことなどです。また、新しい経験や世界中の友人との出会いに積極的に飛び込むようになるなど、以前よりも社交的になりました。その一方で、一人で過ごす時間にも心地よさを感じるようになっています。特に大きな変化は、「孤独であること」と「一人でいることに満足していること」の違いを意識するようになったことです。一人でいる時間を楽しみ、自分自身と心地よく向き合えるようになったことも、この留学で得た大切な成長の一つだと思っています。

これからについて考えると、まずは大学の最終学年のために母校へ戻り、日本語の勉強を続けながら、他の専門科目にも取り組んでいく予定です。日本語については、もっと自然に会話ができるレベルまで伸ばしていきたいと思っています。卒業後の進路については、まだはっきりとは決まっていません。これまでの創作活動の経験を活かせるメディア関連の仕事にも興味がありますし、オックスフォード・ブルックス大学で少し経験した翻訳の仕事にも魅力を感じています。将来的にはイギリス、特にロンドンで働く姿を思い描いていますが、いつか日本で働く可能性についても前向きに考えています。

日本に来てから、世界はより広く、そして自分にとって手の届くものになったように感じています。だからこそ、早い段階で自分の可能性を狭めてしまいたくはありません。日本は今、私にとって、自分なりのペースで歩んでいける場所の一つになりました。そして、それこそが、特定のスキルや思い出以上に、私がこの留学から持ち帰る最も大きなものなのだと思っています。

青学のすぐ近くにある岡本太郎記念館。「トピックス・イン・ジャパニーズ・スタディーズⅠ[英語講義]」の授業の一環で訪れました。それまで岡本太郎については知りませんでしたが、日本の近現代芸術に触れる貴重な機会になりました

ジャゴダさんの時間割
日本語(VS)A 日本語(VS)B 自己理解(個別科目)[英語講義] 日本語(VS)C トピックス・イン・ジャパニーズ・スタディーズⅠ[英語講義] メディアスタディーズⅠ[英語講義] 日本語(VS)D 現代日本文化論[英語講義] イギリス文化特講Ⅰ(1)[英語講義]
MON 2 11:00〜12:30 日本語(VS)A
TUE 1 9:00〜10:30 日本語(VS)B
2 11:00〜12:30 自己理解(個別科目)[英語講義]
WED 1 9:00〜10:30 日本語(VS)C
2 11:00〜12:30 トピックス・イン・ジャパニーズ・スタディーズⅠ[英語講義]
5 16:50〜18:20 メディアスタディーズⅠ[英語講義]
THU 1 9:00〜10:30 日本語(VS)D
3 13:20〜14:50 現代日本文化論[英語講義]
4 15:05〜16:35 イギリス文化特講Ⅰ(1)[英語講義]

カリキュラム & 履修科目(交換留学生)

VIEW DETAILS

国際センター

国際センターは、大学の国際化に関わる教育支援と国際人育成をサポートしていきます。主な業務は、海外協定校・認定校への「留学生派遣」と、海外協定校からの「留学生の受入れ」、私費留学生のサポート、そしてそれらの学生向けの奨学金業務、夏期春期に行われる短期語学・文化研修などのプログラムの企画・運営等を担います。各国の多様な文化や慣習および学生の異なる価値観を尊重しながら、海外大学と本学との連携をさらに強化・拡充していきます。

VIEW DETAILS

バックナンバー

*掲載されている人物の在籍年次や役職、活動内容等は、特記事項があるものを除き、原則取材時のものです。

学部選択

分野選択