言語における「揺れ」を定式化したい。将来の目標は“Be the Difference”な研究者
文学部 フランス文学科 4年

OVERTURE
中学時代、一冊の文法書との出会いが、フランス語への道を開きました。文学部フランス文学科で、言語学、中でもことばの音のルールを探る「音韻論」の研究に取り組む八鍬守さん。学会活動にも積極的に参加する八鍬さんに、これまでの歩みと将来の展望を伺いました。
ことばの不思議。フランス語の理不尽な文法がクセに
子どもの頃から言語に興味を抱いていました。世界にはさまざまな言語があり、同じ人間でも地域や国によって異なる言語を話すことに不思議な魅力を感じていました。さまざまな言語を自主的に学ぶことが趣味となり、中学時代にフランス語の文法書を手に取ったことをきっかけに学び始めました。英語と比較すると、フランス語には男性名詞と女性名詞があり、動詞の活用も複雑で、最初は難解に感じましたが、思うように理解できずもどかしく感じていた文法や規則も、学ぶうちにその理不尽さが魅力に感じるようになりました。並行して、言語学にも興味を抱くようになりました。人間は誰に教わるわけでもなく、自然とことばを身に付け、人と人との間でコミュニケーションを成立させています。そのことに気付いた時、言語の背景には、きっと複雑な理論があるはずだと感じました。好奇心が旺盛だったこともあり、その理論を知りたい、解明したいと思うようになりました。
本格的にフランス語を学習したのは青山学院大学に入学してからです。文学部フランス文学科はネイティブ・スピーカー教員による授業を通じて日常的に自然なフランス語に触れながら、大変魅力的な環境で学ぶことができます。初学者にとっては授業のスピードが速く、難しく感じる点も多いですが、わからないことを大学院生のティーチングアシスタント(TA)に質問することができる時間も設定されているので、安心して学びを深めることができます。
また「特別演習」(卒業論文指導科目)の担当教員であるHAVET, Helline(アヴェ・エリーヌ)先生は、日本語の研究をされているので、日本語で相談することも可能なのです。しかし、私がフランス語でメールを送ったことをきっかけに、現在も一貫してフランス語でご指導いただいています。そのような環境に恵まれたことで、フランス語で文章を書く機会が増え、自然と習得も早くなっていると実感しています。アヴェ先生との会話の中でわからなかった単語や、よく使われている表現があれば、自ら調べて習得し、実際の会話でも積極的に使用することを心がけています。その習慣が、フランス語をより自然に身に付ける近道だと考えています。

自由な環境のもと多種多様な学びから絞った研究テーマ
青山学院大学に入学して感じたのは、興味に即して学べる環境が整っているということです。文学部では文学に限らず、さまざまな分野を横断的に研究できます。人文科学は、人間や人間が作り出した文化について幅広く研究する分野です。極端に言えば、研究対象は何であっても構いません。だからこそ、多様な観点を取り入れながら自分自身の学びを創造できる場所であり、個性的で魅力的な人材が育つのだと感じています。
入学当初は言語学に関心はあったものの、研究したいテーマはまだ漠然としていました。多様な分野の授業を受け、先生方と対話を重ねる中で、自分の関心を次第に絞り込んでいくことができました。その中でも2年次に受講した「フランス語学概論Ⅰ・Ⅱ」は、1年間を通してフランス語学の基礎的な知見を身に付けることができる授業でした。新しいデータに出会うたびに知的好奇心が刺激され、私にとってはまさに「原点にして頂点」といえる授業でした。
私の研究の土台になっているのが、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが提唱した「生成文法」です。人間は5歳頃までに、どのような母語であっても自然に獲得することができます。体系的に教わるわけでもなく言語を獲得し、自在に運用できるようになるのです。つまり、人間は生まれながらに言語を習得するための本能を備えているのではないか、という考え方です。これが「普遍文法仮説」であり、そこにさまざまな操作が加わることで、多様な言語を獲得できるとされています。改めて考えると、非常に不思議で驚くべき理論だと感じます。私は、こうした言語と脳、心理との関わりに関心を持ち、その中でも音韻論(言語の音の体系や規則を研究する言語学の一分野)に興味を抱いています。
大学院科目特別履修制度を利用し、近藤野里先生の「フランス語学演習Ⅰ」において研究発表を行う様子
卒業研究は「フランス語の住民名形成を例とした音韻制約と社会知識制約による交差制約群」というテーマで取り組んでいます。言語というものは、話者によってわずかにその形が異なったり、同じ話者であっても状況によって使われ方が変化したりするものです。こうした「揺れ」は理論の世界では例外として扱われることも多いのですが、私はこの「揺れ」も含めて定式化することを目指しています。論文の中では、その一例としてフランス語の住民名形成を扱っています。例えば、「Paris-ien(パリジャン)」や「Marseill-ais(マルセイユの人)」のように、地名から住民を表す語を作る語形成です。英語でも、New Yorkに住む人は「New Yorker(ニューヨーカー)」なのにCaliforniaは「Californian(カリフォルニアン)」になることを不思議に思った人はいると思います。一見すると恣意的に決まっているようにも見えますが、実際には音韻的要因や社会知識の要因によって決定されることが先行研究によって確認されています。私はこの仕組みを確率的な手法を使ってモデリングする研究を行っています。具体的には、情報理論などで使われる「最大エントロピー原理」*を用いています。現代の音韻論の世界では実験的な研究が主流ですが、実験と理論の間で少し乖離が生まれているように感じています。私はそうした課題に着目しており、自分の研究が実験と理論をうまく接続することに貢献できれば何よりうれしいです。
*最大エントロピー原理…与えられた条件のもとで最も偏りの少ない確率分布を選ぶ考え方であり、近年では言語の音韻現象を説明するモデルにも用いられている。
プログラミング言語 “R” を使って最大エントロピーモデルの計算を紹介している様子
「特別演習」では、卒業論文の指導教員であるアヴェ先生と意見交換を重ねながら、分析したデータをもとに論文の各セクションを執筆し、データの示し方や論理の組み立て方についてアドバイスをいただいています。研究テーマに深く向き合っている本人は内容を理解しているからこそ、客観性を失いやすい面もあります。そのため、読者に伝わる形にするための視点を常に意識し、助言をいただいています。
学会参加を通じて広がった知見と交流
入学当初は研究や論文がどのようなものなのか全く理解していませんでしたが、学習を進めていくうちに、自分自身で明らかにしたいことが見えてきました。そうした中で、同じように研究に取り組む人たちと交流することの大切さを感じるようになり、フランス文学科の先生の勧めもあって、2年次頃から「日本音韻論学会」など学外の学会や研究会に参加するようになりました。学外で研究仲間と出会えたことはとても貴重な経験でした。学会には、大学院生から第一線で活躍する研究者まで、幅広い年代の方々が集まっています。自分の考えを共有すると、大学院生や先生方に興味を持っていただき、建設的な意見交換を行うことができました。こうした経験を通して、自分の考えを受け止めてもらえたことは大きな自信につながりました。そして何より、研究を心から楽しいと思えるようになりました。分野はどんなものであっても、自分が心から引かれるもの、人生を懸けてもよいと思える対象を見つけることが大切であると感じます。情熱は、常に私の研究を支える力です。
東京音韻論研究会2026年6月例会での研究発表の様子
現在は、共同研究も含めて5つほどのプロジェクトに参加していますが、日々、わからないことの連続です。どの研究にも共通している課題は、結果を導くためどのようなアプローチを用いるのが最適か、そして自身の分析が理論と整合しているかといった点です。
しかし、それこそが研究の醍醐味だと感じています。研究とは本来、わからないことを追い続けることであり、壁に直面するのは当然のことです。だからこそ興味深く、その壁をどう乗り越えるのか試行錯誤し、突破できたときには大きな達成感があります。
私は、「面白い研究であること」を常に意識しています。自分自身が扱う理論や現象を面白いと感じることはもちろんですが、それがなぜ面白いのかを他者に伝えることも重要だと考えています。研究には必ず注目すべきポイントがあり、それをどのように説明し、他の理論や知見と結びつけていくかという工夫そのものが研究の面白さにつながると感じています。そのためにも、学会発表や国際ジャーナルにおける他者の研究発表や論文などを通じて、最先端の研究で何が注目されているのかを常に把握しながら、自身の研究の方向性を模索しています。
研究の幅を広げるため、苦手領域への挑戦
研究に取り組む中で気付いたのは、興味のある分野を追求するだけでは成果を出すことが難しいということです。中高生の頃はいわゆる理系分野とはほとんど接点がなく、プログラミングも自分には縁がないと思っていました。しかし、さまざまなことを学び、学会で専門家の方々と議論を重ねる中で、ウェブ上で行う実験の作成や収集したデータの統計的解析には、プログラミングを活用する場面が想像以上に多いことを知りました。
当初は強い抵抗感もありましたが、詳しい方に教えてもらったり、AIを活用したりしながら少しずつ仕組みを理解していき、自分の研究に使用できるようになりました。3年次はコンピューターに向き合う時間が格段に増えました。その過程で、抽象理論を用いた質的研究よりも、データに基づく量的研究の方が自分の研究スタイルに合っており、問題意識との整合性も高いことがわかりました。この学びは、自分なりの研究の軸を見つける手掛かりにもなりました。
言語学の研究以外では、「英字新聞編集委員会」の活動にも力を注ぎ、学内に配架される「A.G. University News」の発行に携わりました。約20人のメンバーが週1回程度集まって、学内のイベントなどを取材し、記事の執筆や編集を行いました。フランス語を学ぶ以前から英語が好きだったこともあり、英語を使った活動がしたいと思い所属しました。メンバー同士の仲が良く、学年を超えた交流があることも魅力です。特に同期とは強い絆が生まれ、大切な仲間となっています。
英字新聞編集委員会の活動にて、高校生に英字新聞についてレクチャーする様子
記事の執筆や校正作業を通して、英語力も身に付きました。1年次は英語を第二外国語として学びましたが、普段読む論文の多くは英語で書かれており、最新の研究動向を把握したり、将来的に国際ジャーナルへ論文を投稿したりするためには、高い英語力が必要です。そのため、研究活動を通して英語力は大きく鍛えられています。フランス語と英語は似ている部分が多いため混同してしまうこともありますし、同じ語源でも意味が異なる単語があるため難しさも感じますが、委員会での活動を通して実践的な英語力を磨くことができました。
2年次後期から3年次前期には委員長を務めました。毎週の定例活動では、アイスブレイクの場を設けてから話し合いを進めるなど、議論の進め方を工夫したほか、取材先との交渉や原稿のやり取りなどにも携わりました。委員会を運営することは大変でしたが、とても素晴らしい経験になりました。また、兵庫県姫路市の公立高校から依頼を受け、英字新聞の作り方を高校生にレクチャーしたことも貴重な経験です。部員数名で現地の高校に出向き、一から記事の書き方を教えました。後日、生徒の皆さんが制作した新聞を送っていただいたときは感激しました。
「好き」を原動力に。言語学の探求を続ける
卒業後は大学院へ進学し、引き続き研究に邁進していくつもりです。将来的には、より多くの課題の解明に貢献できる研究者になりたいと考えています。さらに、言語学の魅力を一人でも多くの学生に伝え、この分野に興味を持つ人を増やしていきたい、次世代の研究者を育てていきたいとも考えています。言語学は、私たちが毎日当たり前のように使っていることばを対象とする学問です。本来であればもっと多くの方が興味を持っても良いはずなのですが、そうはなっていないのはある意味で逆説的だと感じています。あまりにも身近な存在であるがゆえに、その不思議さに気付く方が少ないのではないかと思います。しかし、言語学は大変魅力的で興味深い学問だと思いますので、研究だけではなくその魅力を広く伝え、この分野を志す学生が増えてくれたらうれしいです。
研究とは「新奇性」を創造する営みであり、研究者ごとに自由度があるものだと思います。これからも広い視野を持ち、さまざまな角度にアンテナを張りながら、自分の可能性を広げていきたいと思っています。
私は“Be the Difference*”を自分の指針として、研究に取り組んでいます。研究では、自分の視点ならではの独自性、つまり何が自分の研究を特徴づけるのかを明確にし、発信していくことが大切です。自分の「好き」を原動力に、自分の研究を通じて誰かの心を動かし、少しでも社会に貢献できる研究者になりたいと考えています。
*Be the Difference…聖書の一節から導かれた青山学院のスローガンで、あらゆることの多様性を認め、一人ひとりの個性を大切にする、違うことに勇気をもつ思考と行動を促すことば。
2026年度学業成績優秀者表彰の表彰式にて
※各科目のリンク先「講義内容詳細」は掲載年度(2026年度)のものです。
文学部 フランス文学科
青山学院大学の文学部は、言語、文学、思想、歴史、芸術などを学ぶ5つの学科から構成されています。人間が人間自身を問い続ける営みを通して生み出してきた多様な知の世界に触れることで、幅広い教養と確かな批評能力を養います。「人文知」の広大な世界を垣間見ることで、知性、感受性、表現力を磨き、自らの未来を切り拓く「軸」を形成します。
フランス語はヨーロッパ文明を築いた美しく理性的な言語です。フランス文学科では、初学者にも既習者にも配慮した学習環境を整えています。1・2年次の集中的なカリキュラムでフランス語の基礎力をしっかりと身に付け、その後に多彩な演習と特別講義で知識を深めます。専門分野は「文学」「語学」「文化」から選択でき、実践的なフランス語能力の習得と、国際社会で活躍できる優れた人材の育成を目指します。









































































































































































































